決断(四)
僕は手を出したい気持ちをグッと堪えた。
冷静になって考えてみれば、千広さんの前に座って居る米蔵さんに手を出すのは、僕の席からでは少し距離がある。盛大に手を出してほとんど当たらないなんて恥ずかしい状況になるところだったかもしれない。
僕は小さく咳払いを一つ入れ、
「じゃあ、僕の心残りって何か教えてくれますか?僕、ほとんど何も覚えてないので」
少し嫌味っぽくなり、感じが悪い気はしたが、腹が立った気持ちは抑えられなかったので、これくらいの小さな反抗はしたかった。
「坊主、お前さんの心残りは誰かの為になりたい。誰かの役に立ちたいって事だな」
僕の態度の変化から米蔵さんも何かしらには気付いているはずだが、そういう事は一切表情にも言葉にも出さずに言った。
「誰かの役に立ちたい。為になりたい」
米蔵さんは僕が零した言葉を拾って、
「ああ、そうだ。だから儂はここを紹介したんだからな」
いつの間にかお腹に溜まっていた怒りはスッと消え、米蔵さんの話を本気で聞いて、そして質問をぶつけていた。
「ここに来るお客さんの心残りを僕に手伝わせるために、ですか?」
「そうだ。言い方が正しいか分からんが、一石二鳥ってやつだな?」
少し引っ掛かったが、それを察知してか米蔵さんが口早に付け足した。
「坊主、勘違いするなよ?儂がさっさとお前さんを消したいって思った訳じゃないからな?さっきも言ってたが、ここは心残りを晴らす為の世界なんだよ」
この世界の秩序と言うか、ルールを守る為の行動だという事なのか?
でも、僕は紗千の心残りを無くさせてしまったんだが、これはどういう事になるんだろう?
聞きたい事が頭の中をぐるぐる回り、すぐには口に出せなかった事で間を悪くしてしまった。
「すいません」
店の奥にいる僕たちにぎりぎり聞こえるくらいの小さな声が入り口の方から聞こえて来た。
米蔵さんとの会話で気付かなかったが、店の入り口がしっかりと開かれて、千広さんよりやや年上であろう女性が立っていた。彼女は申し訳無さそうにゆっくりと足を進めてレジテーブルの前までやって来ると、何故か足を止めてしまう。
それに気が付いた千広さんが、
「あ、この爺は気にしないでください。一応、関係者なんで」
レジテーブルのこちら側には千広さんと僕が座っていて、誰がどう見たって店の関係者になる。それに向かい合うように座る人が居たら、接客中なんじゃないか?と、思っても仕方がない。今回の場合は米蔵さんがお客さんだと思われたのかもしれない。
女性は、「はい」と頷くと僕の前の椅子にゆっくりと腰を下ろした。
薄化粧だがはっきりした顔立ちと背中ほどまである長い髪が特徴的で、清楚な美人といった感じだった。




