決断(三)
一瞬の沈黙の後、千広さんが口を開いた。
「心残りを晴らすってのがこの世界の存在意義だ。それに左右されない人間は何か事情があるか、心残りを果たせて無いかのどちらかだ。つまり心残りが晴らせたらこの世界から消える。さっき爺も言ったように紗千の場合は微妙にニュアンスが変わる。心残りが無くなったって言うのが正しいのか、そこはどうでも良くなったって言うのが正しいのかは分からんが、当てはまらない可能性もある訳だ」
僕は千広さんの講釈に耳を傾けていたが、
「千広さんって何も知りませんみたいな感じで普段過ごしてた癖に実はちゃんと知ってますよね?この世界の事」
紗千が消えてしまうかもしれない不安で、少々口が攻撃的になってしまっていると自分で思った。
しかし、千広さんは、
「前も言ったかもしれんが、知らない人間には話さないのがこの世界の暗黙の了解なんだよ。片足突っ込んだら俺だって言うよ」
顔を変えずそう言って、僕なんか相手にはしてくれなかった。
「――僕はどうしたら良いんですか?」
頭を抱えて呟くが、千広さんからは返事が来る事は無かった。
「坊主がどうしたいのか考えを言ってみろ」
米蔵さんに言われ、思うがままの事をぶつけた。
「そんなの決まってるじゃないですか。紗千が消えない。ずっとここに居られるようにしたい」
簡単な事だ。頭の中にある思いをそのまま吐き出せば良いだけなんだから。
しかし、
「紗千は消えないが、知らず知らずの内に坊主だけが消えるって事は考えてないのか?」
考えていなかった角度から言葉が飛んで来て、僕の頭に刺さった気がした。
「紗千を助けてくれた礼と言ったら何だが、一つ忠告してやると、坊主はもうすぐ消えるぞ?」
米蔵さんの顔は別に冗談など言っているようには見えないし、千広さんは珍しく驚いた表情をしている。僕は口こそ開けられなかったものの、千広さんの表情を見て、今回こそは千広さんも知らない事だったんだなと冷静に考えていた。
「――なんで、米蔵さんが分かるんですか?僕が消えるって」
彼は困った顔をしながらも、
「まあ、話すと長くなるが、簡単に説明すると、人が言う神様って言うのは儂の事だからだろうな?」
さっきの発言は真顔で言っていたから冗談では無いと思ったが、この人は真顔で冗談を言う人なのだろう。人が真剣に尋ねているのに小馬鹿にしたような冗談で返されると、正直腹が立つ。
この人が命の恩人でなければ僕は今、この場で手が出ているところだっただろう。




