決断(一)
「仕事中にはいじるなって言ってるだろ?」
いつものレジテーブルに並んで座る千広さんが、本を片手に嫌味っぽく口を開いた。言っているのは、僕の手に握られている携帯電話の事だろう。
「千広さんも仕事中に本読んでるんですから、携帯触るくらい許してくださいよ」
「ダメだ。どうせ、紗千だって今は仕事中だろ?連絡なんか来る訳ねえんだよ」
僕は不満顔を作ったが、連絡が来ないというのは千広さんの言う通りだったので、渋々ポケットの中に携帯をしまった。
ちょうどそのタイミングで店の引き戸が盛大に開かれ、
「邪魔するぞ」
と、少し気怠そうに顔を出した米蔵さんがゆっくりと店の中へと足を進めた。
僕は、すぐにコーヒーを入れようと椅子から立ち上がるが、
「そんなに気を回すな。客じゃないんだから放って置いていいぞ?」
と、千広さんに静止される。
「いや、でもオーナーさんなんですから、お客さん以上に丁寧に対応した方が千広さんの為になるんじゃないんですか?」
「ここじゃ、人に仕事を任せっきりの奴をオーナーとは呼ばねえんだよ」
その会話が終わったところで米蔵さんがレジテーブルの前までやって来て、椅子に腰を下ろす。そして、
「おい、坊主。紗千と付き合う事になったんだって?」
米蔵さんは、僕の方を見て言う。視線を受ける僕は、すぐに千広さんの方を向き睨むようにして視線を向ける。
僕が紗千と付き合ったという話は千広さんにしかしていない。もしかしたら紗千自身が米蔵さんに言っている可能性もあるが、紗千のプライベートな話を本人からほとんど聞いていないと言っていた米蔵さんにそれを伝えるという事は考えにくいので、千広さんが口を滑らせたか、面白がって米蔵さんに言ってしまったんだと思い睨んだのだが、
「何睨んでんだよ。俺が言う訳ねえだろ」
なんて、弁解しているが僕は全く信じなかった。しかし、それが真実だとすぐに証明される。それは、
「そういう噂は人伝いに流れて来るもんなんだよ」
と、米蔵さんが笑って言ったからだ。
「この街は若い人間の方が少ないからな」
米蔵さんは更に続け、
「若いモン同士が逢引してると目立つんだよ」
「逢引って――」
僕は思わず声に出してしまったが、デートという言葉よりも馴染みが無い分、妙に生々しい感じがしてちょっと恥ずかしかった。




