仲裁(四)
辺りが徐々に暗くなる中、僕が息を切らしてやって来たのは、九十九康介さんが働いている例のハンバーガーショップだった。
時間的にちょうど点灯し始めた看板の下で立ち止まり、ゆっくり深呼吸をして息を整えつつお店へと向かう。
「いらっしゃいませ」
と、声を掛けて来たレジの店員さんは女の人で、弟さん、九十九康介君の姿はそこには無かった。とりあえず、店員さんにお願いして呼んで貰おうとしたその瞬間、
「あれ、真吾君」
レジとは違う方向から聞き覚えのある声が聞こえた。
その声の主は、僕の右手奥にある禁煙席が集まる一番手前、店の外側に位置したテーブル席に座っていた百瀬さんだった。
「どうしたんですか?こんなとこで」
僕はそんな質問を掛けながら、対面の椅子へと腰を下ろす。それを見ていた彼は、右手で天井を指差し、
「オーナーさんとさ、どういう絵が良いかっていう打ち合わせ」
「へえ」
「――してたんだけどさ」
「あ、続くんだ」
「好きなように描いてくれて良いんだよって言うんだよ。最終的に」
言葉とは裏腹にとても嬉しそうに見える。
「嬉しそうですね?」
「だって、あんなバカみたいにデカい絵が描けるんだよ。しかも好きなように描いて良いって言われるなんて」
悦に入ってしまってる感じがちょっとだけ怖い。
でも、自分の好きな事にこれだけ情熱を捧げられる彼が少しだけ羨ましい気もした。
「そういえば、真吾君こそどうしたの?夕飯でも買いに来た?」
言われ、ふと我に返る。
「あ、そうだった。ここでアルバイトしている人に用があって来たんですけど」
そんな会話をしている僕らの隣を制服から私服に着替えた康介君であろう人が通って行く。
僕は、どうしたら良いか分からなくなってしまい、通り過ぎようとしている彼の左手をつい掴んでしまった。
『え?』
正面に座る百瀬さん、そして隣で手を握られたその人が同時に声に出す。
「あ、すいません。立ち止まって欲しかったんですけど、なんて声を掛けたら良いか分からなくなって ――手、掴んじゃいました」
苦笑いで言う。
僕の説明が面白かったのか、
「真吾君って本当にスゴイよね。なんて言うか、こうだって決めたら突き進んじゃう感じ」
百瀬さんは言いながら笑っているが、手を握られたままの彼は、依然としてコイツ一体何言ってんだ?顔でこちらを見ている。だから、
「九十九康介さんですよね?ちょっと話を聞いて貰いたいんですけど」
さっさと仕切り直せるように端的に言った。
僕は座席を百瀬さんの隣へと移り、正面に康介君に座って貰う。
ハンバーガーを勧めたが、お昼ご飯にほぼ毎日食べているから、と言われてしまい、早々に本題へと入る。
「実は僕、少し変わった仕事をしてるんですね?人の悩みとか相談とかそういうのを聞いて解決出来そうなら手伝ってあげるっていう、ちょっと言葉だけでは伝わるか分かりませんけど、 そういう仕事をしてるんです。で、今回の依頼人はあなたのお兄さんなんです」
康介君は黙ったまま頷いている。
「お兄さんとあなたが喧嘩している話は聞かせて貰いました。お兄さんは仲直りがしたいと言ってるんですけど――」
そこで話を割られ、
「でも、どうやって仲直りしたら良いのか分からないから手伝ってくれっていう話ですか?」
「はい、その通りです。自分から謝りたいけど、改めて顔を合わせると緊張してしまうって事でした」
僕の言葉を聞いた直後、ふふっと言う笑い声と笑顔が康介君から零れた。
「ダメですね。うちのお兄ちゃん。お兄ちゃんらしさが全然無くて」
言葉とは裏腹に彼の笑顔が絶える様子は無い。
「すいませんね。急に笑ったりして。なんか話を聞いたら一気に気が抜けちゃいました。今まで意地張ってたのは何だったのかな?って」
自然と同じような笑顔になってしまった僕たちを見て更に、
「今回はこっちから謝る事にします。僕らの為に色々ありがとうございました」
そう続けて頭をこちらに下げてくれた。
大層な事をした訳ではないけど、やっぱりどこか達成感がある。
「もう兄弟ゲンカは止めてくださいよ?」