加速(七)
何かやりたい事か。
僕は声に出しているのかいないのか分からないくらい微妙な声量で呟き、頭の中で考える。
過去の記憶を一切無くしているのが原因なのか、ここに来てから何かをしたいと思う欲求みたいな物があまり無くなっている気がする。毎日お店の掃除をして、依頼人の人が店を訪れれば話を聞いて協力をする。ほとんどがそんな一日の繰り返しで、給料を貰ったからと言って何かが欲しいと思う事もほとんど無かった。
それがヒントというか、一つ気になったので、
「ちょっと話が変わっちゃうんだけど、僕のやりたい事の参考に一つ聞かせて欲しいんだけど」
紗千はそれを聞いてまた一つ笑い声をあげると興味深そうに、
「どうぞ」
右手の平を前に出して首を傾げて促しのポーズ?を作っていた。
「給料が入るでしょ?紗千は何に使ってるの?」
彼女は一瞬、驚いた顔をしたが、
「アパートの家賃と生活費とか諸々かな?」
斜め上に視線を上げて思い出すように言った。
しかし、僕が欲しかった答えとは少し違っていたので、
「まあ、そうだよね。あ、自由に使えるお金があったら、何か自分の欲しい物とか買ってる?」
改めて聞き直した。
「あんまり何か欲しいって思う事があんまり無いんだけど、たまに買い物したりとかはあるかな」
「あ、一緒だ」
予想外の答えに思わず本音が零れてしまった。
物凄くバカみたいに聞こえていないか心配になったが、
「僕も何か欲しいって思う事が無いんだよね。給料貰ってるけど、ほとんど使ってないし」
「使おうと思えば使えるけどさ、無理に使おうとしなくても良いんじゃない?きっといつか必要になる時があるだろうしね」
「ま、そうだね」
説得力のある紗千の言葉に納得したのだが、彼女は何か不満のようで少しだけ顔を僕の方へと近付けて来る。僕は身体を少し引いてしまったが、
「ちゃんと真吾のやりたい事の参考になった?」
そう言われ、最初に話していた話題をすっかり忘れていた事に気が付いた。
「あ、ごめん。欲しい物が無いのとやりたい事が見つからないのには何か関連があるのかな?と、思ったんだけど、あんまり関係無さそうだね」
苦笑いで答え、
「あ、せっかくお金があるんだから、次のデートはどこか遠出してみるってのも良いかもね?」
提案してみるが、紗千には上手く伝わっていなかったのか、
「じゃあ、自転車二人乗りで海に行こう!」
「いや、それだとお金ほとんど使わないんだけど……」
二人で声を出して笑い合った。




