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加速(一)

 気分は乗らなくても午前中の掃除をしっかりと終わらせる。

 仕事と言うのはそういうものなんだ。そう自分自身に言い聞かせるようにして、レジテーブルの裏に置いてある椅子に腰を下ろす。

「そうだ。コーヒーでも」

 そう言って立ち上がろうとすると、コーヒーの香りが僕の鼻腔をくすぐってくる。

「ほらよ」

 店の奥から顔を出した千広さんが、両手に一つずつ持ったカップのうちの一つを僕に差し出しながらこちらへと足を進める。

「千広さんって予知能力とか持ってるんですか?」

「はあ?」

 眉間に皺を寄せ、

「ここが何でもありのとんでも世界だと思うなよ?好きな事を自由に出来るようなとこじゃないんだよ」

 言って自分の椅子へと腰を下ろし、

「そのコーヒーはひとえに俺の優しさだよ。そろそろ真吾の仕事が終わるだろうな?って見計らって持って来てやったんだ」

「ありがとうございます」

 僕は素直にお礼を言って、

「あの、好きな事を自由に出来るようなとこじゃないって話。人をあやめてしまう事もそれに入りますか?」

 千広さんは、一瞬驚いた表情をしたがすぐに顔を戻して、

「それが一番無理なんじゃないか?ここで誰かを殺すことは出来ない。絶対に」

「絶対ですか」

「まあ、消してしまう事は出来るかもしれないけどな」

「消すって何ですか?さっき千広さんが自分で何でもありのとんでも世界じゃないって言ったばっかなのに、自分の口からとんでも話してますけど?」

 千広さんは頭を掻きながら、

「お前、手品か何かと勘違いしてんのか?」

「違うんですか?」

「違うな。そもそもお前だって知ってるだろ?」

 そう言われても全く身に覚えが無いのは、僕が記憶を失ってしまっているせいなのだろうか。そうなると、こちらに来てからも記憶が無くなってしまっている可能性があるんだけれど。ちょっと怖くなって、

「何も覚えてないんですけど?」

 尋ねると、溜め息交じりの声で、

「お前が仕事で付き合った人間はどこ行ったよ?」

 言われた。

「えっと、旅行に行ったり僕の前から居なくなったり……」

 頷く彼の姿を見て、

「もしかして、消えるってそういう事なんですか?」

「まあ、細かい理屈なんかは分からねえけど、そういう事があるみたいだって話は聞いたよ」

「なんで、僕の前から消えるんですか?」

「知らねえよ。お前の前からじゃなくて、ちゃんと俺の前からだって居なくなってるだろうよ」

17.03.11 誤字修正

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