距離(六)
声の主は紗千本人だった。
彼女を乗せて来たバスは、ゆっくりと降車口の扉を閉めると、それと同じくらいの速度でゆっくりと走り出した。ここで降りたのは彼女だけだったようで、辺りに他の人影は見えない。
「えっと、千広さんに紗千の名刺を貰って、仕事場まで行って米蔵さんに家の住所聞いて、待ってた。って言ってもストーカーとかじゃないからね!そこは先に否定しとく」
彼女は黙って頷くので、
「ちょっと話がしたくてさ」
目的を簡潔に伝えた。
「うん、とりあえず立ち話もなんだから、入ろっか?」
そう言って指差すのは当然、紗千のアパートなんだが、
「あ、そうか、紗千と話がしたいって事以外は何も考えずに来たんだけど」
やっぱりこうなるよね?続きを心の中で呟く。
先日の初デートに続いて、今度は何と女の子の部屋に上がるという慣れないイベントになりそうだ。
僕を見ながら不思議そうな表情をした紗千の後に続いてアパートへと向かう。そして、紗千の部屋の前に――
鍵を開けて中に入り、僕を招いてくれる。
「あんまり綺麗じゃないけど、どうぞ」
玄関を入ってすぐに見えるのはキッチン。その後ろに扉が二つほどあったので、きっとトイレやお風呂だろう。そのまま直進してもう一つの扉を開けると女の子らしい可愛い部屋が広がっていた。彼女はあんな事を言っていたが、中はとても綺麗に片付けられていた。これで汚いなんて言っていたら、うちの店は一体どうなるんだ。
紗千はゆっくりと部屋を進み、真っ直ぐベッドへと向かう。肩から掛けた鞄もそのままに、そこへ腰を下ろす。そして、ベッドの足側を軽く叩き、
「真吾君も座る?」
イタズラっぽく笑う。
僕が真剣な話をしに来ているというのに、この人は純情な男子をおちょくって楽しんでいる。
「いや、こっちで大丈夫です」
ベッドの手前、部屋の中央に置かれたテーブルの傍に置かれた座椅子を見た。
テレビを向くように置かれているその座椅子に妙な生活感を感じてしまい、普段紗千が座っているという事をより意識してしまう。
自分で座ると言った手前、ここでやっぱり止めますとは言えず、少し恥ずかしさを感じながら座椅子をくるりベッド側へと向けて、ゆっくりと腰を下ろした。
その様子を見ていた紗千は更に笑顔を濃くするので、
「今日は、仕事休んでどこ行ってたの?」
反撃とばかりに聞いてみた。




