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距離(三)

 僕がやって来たのは駅を挟んで店からちょうど反対側に位置する場所。所謂いわゆる駅南と呼ばれるうちの店の周りよりも大分栄えた印象のある地区だった。

 百貨店や大型デパート、家電量販店のビルを抜けて、こちらも一本路地に入った個人販売店が並ぶ昔ながらの商店街の一角、そこに建っていた小さな事務所が目的の建物だった。

「特に看板とかは無いけど、本当にここで合ってるのかな?」

 見た目は小さな事務所をしているのだが、看板が無ければ表札もポストも置いていない。普通の民家として使われていると言われも何も不思議ではない、そんな建物だった。

 僕は構わず引き戸に手をやる。こんな状況をどこかで一回体験した記憶があるが、

「すいませーん」

 三十センチ程引いて、中に顔だけを入れて声を掛ける。

 事務所の明かりは点いているが、人はいないようで返事が来ない。仕方ないので更に戸を引き中へと入る。

「すいませーん!」

 先程より少し大きめの声で呼びかけてみるが、やはり返事は無い。

 僕は少し足を進めて部屋の中央程まで歩いて立ち止まる。そこで辺りを見回してみると、長テーブルと椅子が数脚。そして書類やファイルが乱雑に並べられた棚。そして一番気になるのは壁に貼り付けられた無数の半紙だった。そこには墨で『愛』や『友情』、『青春』などと書かれており、この事務所のような店と何が関係あるかは全く分からない。

「なんだ、どうした坊主」

 入り口から見て右奥から聞き覚えのある声が聞こえて来た。

 ゆっくりと姿を現したのは米蔵さんで、

「昨日は紗千が世話になったみたいだな」

 笑って言うが、

「え、あの、ここって米蔵さんのお店なんですか?」

 ゆっくりと僕の元へと歩いて来る彼は、自分の右手で顎をさすりながら、

「お前のとこの店と一緒だよ。そういや大体分かるだろ?」

 つまり、ここの事務所も米蔵さんがオーナーをしているって事なんだろう。

「な、なるほど。あの、僕、今日は紗千さんに話があって来たんですけど」

「おお、昨日に引き続き、若者は熱いなあ」

 そういう事では無いと否定しようとしたが、

「せっかく来て貰って悪いんだが、紗千の奴は今日も朝から休み取ってるぞ?」

「何とか連絡取る事って出来ないですかね?」

 僕の表情を見て何かを納得したのか、小さく頷いた米蔵さんは、

「休みの日に、自宅に直接尋ねるのと、電話を掛けてみるのどっちが良いんだ?坊主」

 僕は考える間も無く、

「電話でお願いします」

 そう言っていた。

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