仲裁(二)
居づらくなったのか、千広さんは店の奥へと姿を消した。
大人なんだから、そんなに恥ずかしがらなくてもとは思ったけど、大人だからこそこういう場合はより恥かしいのかもしれない。なんて事を考えながら次のポテトを口へと放り込む。
すると、すぐに奥からコーヒーの香りがして来て、
「四日くらい前だったかな?」
唐突に話し始め、コーヒーカップを一つ僕の前へと置いた。
「二十歳くらいの男の子が店に来たんだ。まあ例に漏れず、その子もこの骨董品には全く興味が無かったけど」
少し寂しそうに後ろの棚に置いてある品物達を眺めて、自分の席へと戻る。
「まあ、簡単に言うと喧嘩した弟と仲直りがしたいって話なんだけど、その弟さんってのが真吾におつかいに行って貰ってるハンバーガーショップでアルバイトをしてるんだ。で、様子を見て来て欲しいなって思ってたんだけど、この話してなかった?」
僕は静かに首を縦に振る。
「やっぱりか。どうりで一昨日と昨日、何も言わないはずだよね。弟君がアルバイト休んでるもんだと勝手に思っちゃったよ」
冗談を言うかの口ぶりだけど、本人にはあまり元気が無い。
僕にこの話を伝えていなかった事が本当にショックだったのだろう。
「でも、昨日と今日の接客をしてくれた店員さんは若い男の人でしたよ」
千広さんの為では無い。ただ僕が思ったことを伝えただけだ。それにどこの馬の骨かも分からないような僕を住まわせて仕事を提供し、更に三食用意してくれている。感謝以外の何物も無い。
「おお、それが依頼人の弟さんかも知れない」
話への食い付きとテンションの上がりように、やっぱり言うべきじゃなかったかな、なんて思ったりもしたが、
「で、喧嘩の仲裁を僕にしろって話ですか?」
スルーして仕事の話を続けた。
「まあ、そうなんだけどさ。とりあえず聞いとけ?」
何故か威厳を取り戻した彼は続けて、
「依頼をしに来たのはお兄さんの九十九敦君。どうやら些細な事がきっかけで口喧嘩になってしまって、それが徐々にエスカレートして口も利かなくなってしまい、二人とも意地を張って謝る事が出来ずにそのままって感じなんだとさ」
黙って概要を聞いてはみたが、僕には何をどうしたら良いのか皆目見当も付かない。だから、
「初対面と言うか、お兄さんに至っては会ってもいないんですけど、そんな人たちの喧嘩の仲裁なんてちょっと無理な気がするんですけど」
自分でも作り過ぎかな?と、思うが苦笑いで返事をしてみる。
が、千広さんは溜め息交じりで、
「真吾、最初から諦めててどうする。諦めたら試合終了だよって昔の偉い人も言ってただろ?」
いや、ちょっとツッコミどころが多すぎる。
「俺みたいなオッサンが間に入るより、年の近いお前が行った方が良いんだよ」
「とか言って本当は面倒臭いだけじゃないんですか?」
「断じて違う」
顔は全くそう言っていなかった。嘘も下手なんだなこの人。
お昼ご飯を終えた僕は、半分ほど残ったコーヒーを一気に口に入れた。
「で、具体的にどうしたら良いんですか。弟さんに会いにあのファストフード店行ってお兄さんと仲直りして下さいってお願いするんですか?」
半ば自棄になってるなと自分でも思う。思うけど、なんか千広さんの態度を見るとこうせずにはいられないのだ。しかし、千広さんは大人と言うか、冷静な態度で返す。
「お前が初めて担当した依頼。百瀬渉の一件だったか?あの時、人に頼られて、逆にお前自身は誰か他人の為に役に立ってどうだった?達成感と言うか、何か遣り甲斐みたいなものがあったんじゃないか?」
そう言われ、思い出すと確かにそうだったような気がした。
「そんな気がするかな」
わざと曖昧に言ってみたが、
「だから、本気で相手の為になってやれ、な?」
これは上手く丸め込まれているのかもしれない。大人って怖い。
「……分かりました」
僕は渋々承諾した。別に丸め込まれたつもりは無いけど、千広さんの言っていた事が、全く身に覚えが無いとも言い切れなかったからだ。
誰かの役に立つ事で、僕の心がほんの少しであっても満たされたのは間違いないのだから。
「その仕事やります。でも、その依頼に来たお兄さんと連絡を取って下さい。僕がちゃんと会って、もう少し詳しく話を聞いて、どうやって仲直りするかをそのお兄さんと一緒に考えたいと思います。
千広さんの話じゃ、内容が薄過ぎて参考にならないので、いいですか?」
目の前の大人は引きつった笑みのまま無言で終始頷いていた。