温習(五)
閉められた扉を見つめながら、千広さんの言っていた事を思い出す。
百瀬さんと一君の心残りを解消したのは、本当に僕だったのだろうか?
確かにきっかけを作ったのは僕だったかもしれないけれど、二人とも最後は自分自身で心残りを解消していたような気がする。
素敵な絵を完成させたのは百瀬さん自身だし、一君も電話で直接自分でお礼を言った訳だ。
「――そうか。自分がやり残した事とか後悔してる事、心残りになってる事を何とかしたいから、皆この店を訪ねて来るんだ」
絵を描く場所を仲介して、僕らの力でどうにもならないのならば専門家の人を紹介する。そして、心残りや後悔してる事を、みんな相談しに来るんだ。それが八百万仲介紹介相談所。
何だか、少しだけ心がスッキリした。答えを直接聞く訳じゃなく、自分で導き出せたのが大きいのかもしれない。なんだか大きな達成感を得られたような気がした。
「やって来る人にとってこんなにも重要なお店で、右も左も分からない僕が働いてて大丈夫なのか?」
この世界の事情を知ってしまった今となっては、そこそこのプレッシャーが掛かる仕事場であるという事が再認識出来た。
それでも、この店の雇われ店主である千広さんが、『いつまででも居て良い』と言ってくれた事はとても心強く、同時にすごく嬉しい言葉だった。だから、大変かもしれないけれど、この仕事を続けようと思った。
そして、いつか自分の後悔していた事を思い出そうと心に固く誓った。
「それにしても、その心残りが無くなったらどうなるんだろう?」
僕がここで仕事を始めてから出会った人達の後悔、心残りを思い出してみる。
百瀬さんは、絵を描きたかった。九十九兄弟は、きっと喧嘩の仲直りだったんだと思う。京香さんは好きな人への告白で、五十棲さんはおふくろの味をもう一度食べたい。
千広さんのお母さんの十和子さんは、何になるんだろう?日記帳を見つけたいって話だったような気がするけれど、千広さんが強引にまとめて帰しちゃったから良く分からないな。あの辺はまだ謎な事が多い。でも、千広さんに直接聞くと嫌がられるからなあ。
一君は百瀬さんにお礼を言えた。市川三久さんは旅に出たいって話だったし、二見静さんは手紙を渡したいって言っていたけれど、あの日は色々あったせいで詳しく話は聞いていない。
「あの手紙どうなったのかな?」
僕以外誰もいない部屋に呟きだけが広がって行く。
あの時、手紙の返事は期待するなって千広さんは言っていた。あれは一体どういう意味なんだろうか?




