温習(四)
「どうしてって――」
千広さんの言った事をそのまま繰り返し呟いた僕は、頭の中で連想ゲームが始まっていた。
行き着いた答えはとても単純だが、軽々しく口には出せないものだった。
少し考えれば分かる事だが、大なり小なり辛い事があったからこそ、ここに、この世界にいる訳だ。それを覚えているかどうかの違いはあるのかもしれないけれど。
「寺沢一って子どもが依頼人としてやって来ただろ?」
「はい、トラックに轢かれそうになったのを助けてくれた人を探すって――まあ、それが偶然百瀬さんだったんですけど」
「偶然でも何でも無いんだよ」
千広さんの意味有り気な言い方に、僕は詰め寄る様にして、
「どういう意味ですか?」
と、尋ねた。
「二人は同時にこっちの世界にやって来たって事だ」
そう言われて、僕の中でバラバラになっていたパズルのピースが一つに繋がって一枚の絵になっていく。
ああ、だから一君は電話で百瀬さんと話した後に、『いっぱいお礼を言ったらいっぱい謝られちゃいました』って言ってたんだ。
これは僕の想像になってしまうけれど、道路に飛び出してトラックに轢かれそうになった一君をたまたま通りかかった百瀬さんが助けようとした。でも、運悪く二人とも助からなかったんじゃないだろうか。
二人が同時にこの世界にやって来て、一君のお礼に、謝罪をする百瀬さん。
これが一番筋が通るような気がする。
「なんか、ツライ話になっちゃいますね」
色々考えてしまった結果が口から出てしまったが、すぐに、
「だから、あんまりマイナス方向に考えるなって言ったろ?」
千広さんは、一呼吸置いて、
「百瀬は描きたかった絵が描けた訳だし、寺沢少年はお礼を言いたい相手にちゃんと言えた訳だし、二人とも心残りが無くなって良かったじゃないか?その心残りを解消したのはお前なんだぞ?」
言われ、
「――そうですね」
無理矢理言葉を吐き出した。
そのまま部屋の中を沈黙が支配する。その空気を壊したのは千広さんだった。
「真吾、お前は何か心残りは無いのか?」
「え?」
急な質問に驚いたが、
「あ、そうか、僕もここにいるって事は何か心残りとか後悔してる事があるかもしれないんですもんね?」
黙ったまま千広さんは頷く。
しかし、その心残りや後悔すらも覚えていない。
「分かんないです。何かあったのかもしれないですけど、覚えてないです」
その言葉を受けた千広さんは、お盆を持って立ち上がると、
「ま、時間はいくらでもある訳だ。ゆっくり思い出せば良い。この店ならいつでも働き手は必要だからな」
そう言ってからかうように笑うと、空いた左手で手を振って部屋から出て行ってしまった。




