温習(二)
そこへドアを叩くノックの音が三度響いた。
「ホットケーキ焼いたんだけど、食うか?」
千広さんの声だ。
「あ、はい!今、開けます」
と、僕が言ったのと同時にドアが開き、お盆の上に皿を二つとコーヒーカップも同じく二つ載せた千広さんが顔を出した。こんな時間に彼が僕の部屋を尋ねる事も驚いたけれど、それよりもホットケーキという似合わない単語に引っ掛かった。
まだ午前中なのでおやつには早いと思ってベッドの頭の所に置いてある目覚まし時計を見てみると、針は十一時を指していた。
なるほど。この店の王様がブランチを持って来てくれた訳だ。
テーブルの無いこの部屋なので、中央の床にそのままお盆を置いて、
「よし、食うか」
そう言って、そのまま胡坐をかく千広さんの手に乗っているホットケーキは、僕が知っているそれよりも色が濃く、簡単に言うと焦げている感じがした。
「千広さんの料理ってなんでこんなに焼き過ぎるんですか?」
僕は言いながら、いつも朝食に出て来る目玉焼きを思い出した。
新鮮な生卵を熱したフライパンに落とし、火力を最大にして焼き殺す。千広さん得意の料理、目玉焼きの残骸だ。
「ちょっと目を離してたら、少し焼き過ぎてな」
苦笑いをする彼の正面に腰を下ろして、とりあえずはコーヒーを頂く。こっちは普通に美味しいのにな、なんて思いつつ、一応ホットケーキにも手を付ける。
「どうして、急にホットケーキなんですか?」
「まあ、きまぐれだよ」
「きまぐれ――あ、お店は大丈夫なんですか?ただでさえ僕が出てないのに、千広さんまで上に上がって来ちゃって」
「まあ、人が来たら声掛けるだろ?」
分かってはいたが、いつもの千広さんの対応力であった。
「で、お前はどうなのよ?朝から久しぶりの休みで、色々考えることも増えてさ」
一口サイズに切られたホットケーキをフォークに刺したままこっちに向けて尋ねた。
「実はちょっと思った事があって」
僕のその言葉を聞いた後にそれを口に放り込むと、
「ふぁんだよ?」
と、口に入れたホットケーキのせいでちゃんと発音が出来ていなかったけれど、なんとなく伝わった。
「僕が対応したお客さん達は、僕と同じ状況だったのかな?って思ったんです。まあ、簡単に言うとこの世界の事を知らずに普通に生活しているって言うか」
千広さんは頷いて、
「それは大体合ってるんじゃないか?」
更に続けて、
「知らずに生活してる人間の方が圧倒的多数だ。前も言ったけど、この世界の風習というか暗黙の了解であんまり人に言える事じゃないみたいになってんだよ」
空になったカップをお盆に静かに戻した。




