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仲裁(一)

 初仕事を終えて一週間。

 僕は、ここ数日の日課になりつつあるあの歩道橋へと散歩に来ていた。散歩とは言ってもただ単にぶらぶらしている訳ではなく、ちゃんとした目的がある。それは学習塾の入ったビルの屋上に設置された看板に描かれている絵の進捗具合を見に来ているのだ。と、僕も胸を張って言いたい。

 百瀬さんと出会って一緒に行動したのは、あの日だけだったけれど、それでもとても濃い一日を過ごしたおかげで、あの大きな看板に絵が完成するのを自分の事のように待ち遠しく思っているんだから。

 しかし、先程も言ったが、本当の目的は絵では無い。


 屋上の看板よりも視線を少し下げると見えて来る二階に店舗を構えたファストフード店。あそこでハンバーガーをテイクアウトしてくるというおつかいの為に、僕はしばらくの間この歩道橋を渡っているのである。

 なぜ千広さんがこんなおつかいをお願いしてくるのかは分からない。ただ単純にハンバーガーにはまって毎日食べたいのかもしれないし、僕という居候いそうろうが一人増えたせいでご飯を三食作るのが嫌になったのかもしれない。

 僕は、歩道橋の真ん中でまだ何も描かれていない真っ白な看板を見つめながら溜め息を吐き出す。

「それにしても今日で三日連続か、メニューを変えれば味が変わるって言っても結局ハンバーガーだしな」

 重たくなった足を一歩ずつ進めてファストフード店を目指す。


 店内は思ったよりも空いていて、すぐに注文をすることが出来た。

 僕の接客をしてくれたのは同じ年くらいの男の人で、そういえば昨日もこの人が接客してくれたっけな、なんて思いながらお金を払う。アルバイトをして生活している者同士ということで勝手に僕から親近感が生まれたが、別に話をする訳でもなく心に止めて店を出た。


 お昼前の街は太陽の日差しがとても穏やかで、風も心地よく、これがおつかいじゃ無ければ最高なのになんて考えながら帰路へとついた。


「ただいま戻りました」

 紙袋を手に帰宅した僕の目に映ったのは、いつもと変わらないレジテーブルの向こう側で、いつもと同じように本を読んでいた。一体飽きもせず何を読んでいるのか、と思うが、それが何故か今回のハンバーガーの一件と繋がった気がした。

 僕はレジテーブルに紙袋を置くと同時に、

「千広さんって何かに飽きたりしないんですか?」

 彼にしたら唐突だったかもしれない質問をぶつけてみた。

「飽きる?ああ、本のこと?結構こんな生活が長いからな。もう飽きるって段階じゃない」

 スパッと言ってすぐに視線は本へと戻されてしまう。

 僕は諦めて、千広さんの隣へと移動し、買って来たハンバーガーに手を伸ばす。飽きたなどと文句を言ってもお腹が減るという事実は変わらないし、それを満たしたいという事実もまた変わらないのだ。

 サイドメニューとして付いて来たフライドポテトを口に放り込みながら、フィッシュバーガーの包装を開く。


「で、どうだった?康介君は元気そうだった?」

 僕がテーブルに置いた紙袋に手も付けず、右手で本を開いたままそんな事を呟いた。けど、僕は『こうすけくん』という人物に見当が無く、返事に困っていると。

「ん?」

 本から視線を僕に移し、そしてその後を首が追って来る。

「このハンバーガー屋でアルバイトしてる九十九康介つくもこうすけ君だよ」

 千広さんの空いている左手は僕の持っている包み紙を指差していた。

 そこまでされても僕には思い当たる節が全く無く。

「えっと、全く何の事だか分からないんですけど」

 しばらくの間、沈黙が骨董品店の中を支配して、時計の秒針が時を刻む音だけが響き渡る。

 一体どれくらいあのカチカチという音を聞いていたのか。

「あー……、真吾、新しい仕事だ」

 この場を何とかしのごうと、取り繕った笑顔を見せながら千広さんは言うが、これは完全に僕に何かを伝えることを忘れていたんだろう。出会って十日余り何となくだけどこの人が分かって来た。真面目そうに見えて少し抜けている。それが、この鈴木千広という人間なのだ。

17.02.02 サブタイトル修正

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