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好敵手(一)

 散歩が気持ち良い季節。散歩が気持ち良い季節。

 念仏のように心の中で唱えているのには、当然理由があった。


 病院から帰って来て早三日。

 僕がお店にいる時間は、あの日を境に激減していた。

 気を遣ってくれているのか、千広さんはその話には触れない。それは僕にとっても有難い事だと勝手に安堵をしていたんだけれど、それでもやっぱりお店には居辛くなってるのは事実で、何かと理由を付けては外出していた。

 その理由の一つが散歩であり、今日も百瀬さんの描いた絵を見ようといつもの歩道橋を目指して歩いていた。


 最初は、外に出れば気持ちが楽になるかな?と、思っていたが、実際はそうでもなく。歩きながらも出て来るのは溜め息ばかりだ。

 歩道橋の階段を一段一段上がる足もいつも以上に重たい。これは僕の気持ちがそうさせているのだろうか。


 ゆっくりと上った先、ちょうど真ん中辺りに珍しく人影が見えた。別に歩道橋なのだから人が居ても不思議では無いのだが、その人影は橋の欄干らんかんに肘を付けて体重を預けて下を走る車の流れを見つめていた。

 近付いて行くと、どこかの学校の制服を着た女の子だという事が分かる。

 少し茶色掛かった肩程まで伸びた髪の毛。そして、制服にしては珍しい灰色のスカート。長袖のYシャツに緑のリボン。その全てが歩道橋の上を通う風によって緩やかに揺れていた。


 一歩二歩と進み、彼女の後ろを通過しようとした時、

「何だか、疲れ果てた顔してるね?」

 突如振り返った彼女にそんな風に声を掛けられた。

 本当に突然だったので、僕に言われているのか最初は理解が出来なかった。それでも数秒経って反応する。顔を真っ直ぐに見つめるが見覚えは無い。僕が忘れているだけかもしれないので一応、

「えっと、どちら様でしたっけ?」

「君は私の事を知らないよ。私は君の事を知ってるけど、ね? 斎藤真吾くん」

 沈んでいた気持ちと百瀬さんの絵を見に来ている事を忘れるくらいには衝撃的な言葉だった。

「え?なんで、僕の名前を?」

「あ、ごめんごめん。私ばっかり君の事知ってたら不公平だよね?」

 彼女はそう言ってニカッと笑顔を作ると、

「私の名前は紗千さちって言うんだ。以後お見知りおきを!なんちゃって」

 また笑った。

 何となくマイペースというか掴み所が無いというか、今までに会った人達とはまた違ったタイプの人だなと思った。しかし、どうして僕の事を知っているんだろうか。

「えっと、紗千さん?どうして僕の事を知ってるんですか?」

 尋ねてみるが、

「あ、敬語じゃ無くて良いよ!私たち同い年だから」

 返って来たのは質問の答えでは無く、新たな僕の個人情報だった。

17.02.14 加筆修正

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