手紙(九)
足を止めて振り返った千広さんは、
「何を怒ってんだよ、お前は」
眉を顰めて面倒臭そうに呟いた。
「なんか、気のせいかもしれないですけど、僕だけ知らない事が多過ぎる気がした」
自分で言ってて思う。こんなのはただの駄々っ子だ。
小さな子どもじゃないんだから自重しなきゃいけないと、頭の中で考えるが、口の方は感情で動いてしまっている為、止める事が出来ない。
「あの人、二見さんは僕がどうして?って思う事も納得しちゃうし、千広さんがどうしてあんな事聞いたのかも僕には全然分からなくて」
そこで、急に視界がボヤけている事に気が付いた。自分ではそんなつもりが無くても、自然と目に涙が溜まっていた。きっと僕の中で張り詰めていた何かが切れてしまったんだと思う。
「お前――」
千広さんのその声で我に返った僕は、急いで涙を拭うと、腕を掴んで引き留めようとする千広さんを振り払って早足で廊下を歩き出した。
こんな些細な事で涙を流しているのが恥ずかしくなった。それと同時に小さな事でイライラして怒ってしまった自分自身に失望もした。千広さんの元で楽しく仕事をしていたはずだった。それは今日も変わらないと思っていた。なんで、こんなにも疎外感を感じたのか分からない。きっとそれは、千広さんに尋ねたところで分かる事でも無い。だから、あんな質問も意味が無い。他人に当たってしまっているようで、それが余計に僕の心を掻き乱した。
無我夢中で歩いて病院のロビーを抜けた。
目の前にはバス停やタクシーの待合場所になっている小さなロータリーだった。
恐る恐る後ろを振り返るが、千広さんの姿は無かった。またしても、安心したような残念なような複雑な気持ちが心の中をぐるぐる回る。そして、自分自身の自己中心的な考え方に嫌になる。
今日の空は雲一つない晴天だと言うのに、どうして僕の心はこんなにも曇天になってしまったんだろう。
「真吾!」
ドキッとして一瞬肩が跳ねた。
玄関を抜けてすぐの場所なのだから、ここに居たらいつか千広さんが追い付いて来るのは分かってたはずなのに。あんな事言って飛び出て来た割には、きっと千広さんに何か言って貰いたかったんだろうな。本当にそんな自分が嫌になる。だから、
「急に変な事言って飛び出して来てごめんなさい」
振り返ってすぐに頭を下げて謝った。
「ちょっと、二人の話に入れなかったのが気に入らなかっただけなんです。本当にごめんなさい」
これ以上、嫌な自分を出さない為に無我夢中で謝った。謝り倒した。
当然、千広さんは怪訝な表情をしていたけれど、深い所までは一切追及しないでくれた。
詳しい話を聞くのは、僕の気持ちがもう少し整理出来てからでも良いんじゃないかな?と、思った。




