親切(四)
「あの人は別に息子の事を忘れてる訳じゃないんだよ」
「僕とは違うって事ですか?」
僕の言葉に頷いて話を続ける。
「どっちかっていうと覚えてないって方が正しいかもしれないな」
「それ、忘れてるって言いません?」
千広さんは、持っていた本をレジテーブルに置くと、右手を二度ほど僕に向けて振り、
「まあ、説明するからちょっと聞いとけって。俺も自分の身の上話なんてした事無いからちょっと困ってんだよ」
そう言って、ばつが悪そうにしながら振った右手で今度は頭を掻いていた。
「俺は物心付く前に親に捨てられてんだよ」
正直驚いたが、その言葉を聞いて十和子さんが覚えていない理由も分かってしまった。
「まあ、捨てられたって言っても段ボールに入れて『可愛がって下さい』とか書かれてた訳じゃないぞ?」
こんな衝撃的な自分の話をしながらボケを入れるのは止めて貰いたい。一体どんな反応をして良いのか分からなくなる。
「普通にな、施設に入れられたってだけの話だ。育児放棄してその辺にポイって事もある世の中だ。それを考えればうちの両親はちゃんとしてるだろ?」
だから、そういう反応しづらい同意を求めないで頂きたい。しかし、終始無言で聞いているのも申し訳ないと思い、
「どうして施設に入れられたのか、理由とかって分からないんですか?」
「父親が事業に失敗して借金抱えたってのは聞いたな」
千広さんの表情は普段と何も変わらない。
「別にだからって恨んでなんか無いぞ?親と一緒に生活してたからって平穏で幸福な日常があったとも思えないし、施設に入った事で得られた事とか思い出もたくさんあるしな?」
彼は更に続ける。
「まあ、どの道を行っても同じくらい楽しい事、辛い事があるって事だな?人生楽ありゃ苦もあるさってな」
珍しくまともな事を言っている気がした。まあ、最後に余計な事を言っているような気がしないでもないが。
「でも、まさか日記を探して欲しくてここに来るとは思わなかったな」
そう言って思い出したように笑顔を浮かべる。
「本当に良かったんですか?結構適当な事言って十和子さん帰らせちゃいましたけど」
「別に良いんだよ。今更、息子です。なんて言われても向こうも困るだけだろ?」
「そうかもしれないですけど、なんか少し寂しい感じがして」
千広さんは、置いた本に再び手を伸ばすと、
「お前もあの爺と同じだな」
鼻で笑いながら僕にそう言って来る。
爺と言われているのは、きっと米蔵さんの事だと分かったのだが、一体何が同じなのか分からないので、
「え?」
と、返すと、
「親切の押し売りだよ!」
笑いながら言った千広さんの声が店中に響き渡った。
17.02.09 誤字修正




