両天秤(八)
一君の手を引いてハンバーガーショップへ入る。
平日の昼間という事で、店内のテーブル席には疎らに人影が見えるが、残念ながら見知った顔は見当たらなかった。もしかしたら、百瀬さんに会えるかなと思ったけど、さすがに無理か。
僕は更に店内で働く従業員の人を見てみるが、
「あれ?康介君も居ないのかな?」
とりあえず、一番近くで店内清掃をしている女性店員さん声を掛けると意外な言葉が返って来た。
「ああ、九十九君ですか?彼なら一週間くらい前に辞めましたよ?」
聞いた瞬間、あまりにも吃驚し過ぎて言葉が出なかった。
同時に身体も固まってしまったので、不思議そうに僕を見つめる女性店員さんと一君の視線が突き刺さる。
「あ、すいません。そうですか、辞めちゃいましたか」
それだけ呟いて店を出た。
「別に大親友って訳でも連絡先を知ってる訳でも無いけど、僕の日常から人ってこんな簡単に居なくなっちゃうんだな」
店の外、放心状態で立ち尽くす。
「真吾くん、大丈夫ですか?」
隣に立つ少年は、こちらに向けて顔を見上げ声を掛けてくれる。改めて優しい子だなと感じる。そんな子を放って置いて僕は一体何をしているんだろう。今は、この子の為に僕が出来る事をしなくちゃいけない。
「大丈夫、このビルの上に塾があるんだけど、そこで話し聞いても良いかな?」
「はい!」
一君は再び笑顔を作って大きな声で素晴らしい返事をしてくれる。
何も手掛かりが無いと思っていたが、百瀬さんが絵を描かせて貰ったビルのオーナーさんなら連絡先とか住んでいるとこを知ってるかもしれない。そう思ってすぐにエレベーターで上を目指した。
今日に限っては何故か数字が増えて行くのが遅い気がする。
五階に到着すると、前回やって来た時と比べて静かな事に気付く。平日の昼間は塾ってこんなにも静かなんだな。なんて考えながら、事務所と書かれた扉をゆっくり開ける。
中にはオーナーであるおじさんが一人でデスクに向かって新聞を読んでいた。
「すいません、以前ここで絵を描かせて頂いた百瀬渉さんと連絡を取りたいんですが!」
僕の突然の訪問と提案に驚きこそしたものの、
「おお、君か。久しぶりだね?今日はどうしたの?男の子連れちゃって」
「屋上の絵を描いた百瀬さんと連絡が取りたいんですけど」
「ここの電話でも良いのかい?」
オーナーさんは詳しい事を聞く事も無く、百瀬さんに電話を繋いでくれた。
事務所の外で待つ僕と一君は、部屋の一番向こう側のデスクで電話をするオーナーさんを見つめる。
「おお、百瀬君かい?ちょっと君に電話を繋いで欲しいって言ってる人がいるんだけど、良いかい?」
僕はその言葉を聞くなり、挨拶をして事務所に入る。そして、オーナーさんから受話器を受け取り、向こうにいる百瀬さんに最初から全ての話を説明すると、
「じゃあ、ちょっとその男の子、はじめ君って言ったっけ?代わってくれる?」
律儀に事務所の前で待っている一君を手招きでこちらに呼ぶ。そして、受話器を彼に渡して、僕は百瀬さんと話しをする一君の姿をただただ見つめたまま時間は過ぎて行く。
話を終えた一君はそのまま電話を切ってしまう。
「ん?あれ?切っちゃって良かったの?」
一君に聞くと、
「はい、ちゃんとお礼言えました」
「え?え?百瀬さんが探してたお兄さんだったの?」
「はい!いっぱいお礼を言ったらいっぱい謝られちゃいました」
二人がどんな事を話していたのかは分からないけど、一君が満足そうなので良かった。
それに、久しぶりに依頼をしっかりと終わらせられた気がする。ここ最近はイレギュラーな物が多かったからな。
「オーナーさんもありがとうございました!」
後ろでニコニコしている彼に頭を下げる。
「いやいや、それにしても百瀬君がまだ出発してなくて良かったね?」
「出発?ですか?」
「なんか、絵を描く旅に出るって言ってたけど」
「ええええええええええええええええええ」
僕の叫び声が事務所内に響き渡った平日の夕方。
17.02.01 加筆修正




