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両天秤(四)

「十和子さんと千広さんって親子だったんですか」

 聞いたままの事を復唱して頭の中に入れて行く。

「でも、どうして実の息子の事を覚えてないんですか?」

「お前さんと一緒だよ。どんなに大切だった事でもどんなに親しかった人の事も無差別で忘れてしまうのがここなんだよ。思い当たる節しか無いだろ?」

 米蔵さんは、笑顔を見せて僕に言う。だが、その表情は笑っているというよりも少し引きつった苦笑いと言うべきだったかもしれない。

 千広さんも同じような表情で、カップを置いて天井を見るように顔を上げている。

「思い当たるって言っても僕も何も覚えていないってだけで――」

 そこまで言うと、店の入り口がカラカラと鳴り一人の少年が顔を出していた。真っ黒な髪はおかっぱのように切り揃えられ、小学校の制服を着ているところを見ると私立に通っているのだろうか。年で言えば十歳前後、ここで働き始めてからここまで幼い子を見るのは初めてだったので、ちょっと驚いてしまった。


「いらっしゃい」

 誰からともなく三人で声を掛けると、男の子は一瞬身を強張らせていたが、

「僕の事を助けてくれたお兄ちゃんに会ってお礼が言いたいです」

 店に入ってたった一歩で依頼をお願いされてしまった。


 彼の名前は寺沢一てらさわはじめ君。公園で遊んでいるときに、道路に飛び出してしまったボールを追い掛けて、トラックにぶつかりそうになったところを通りすがりの青年に助けて貰ったという話だった。で、彼が気が付いた時には、もう既にその青年の姿は無かったらしく、改めてちゃんとお礼を言いたいと思い、この店を訪ねて来たそうだ。


 米蔵さんの隣、そしてテーブルを挟んで僕の向かいに座った少年はゆっくりとお茶を飲んでいた。

 ジュースでもあれば良かったんだけど、生憎この店にはそれを消費するような人物がやって来るという事があまり無いので、今回はレアケースになってしまったが、何とかお茶で納得してもらいそれを出した。


 彼の話を聞いて最初に口を開いたのは意外にも米蔵さんで、

「こんな可愛いお客さんの依頼にはしっかり答えてやらないといけないよな?」

 嬉しそうに言う。

 僕は、それは当然だと思いながら頷くが、千広さんは何故か面倒臭そうな顔で眉間に皺を寄せている。

「さっきまで話してた事な?他にも小僧が不思議に思ってる事もたくさんあると思うが、それに全部答えてやってもいいと俺は思ってる」

「あ、ありがとうございます」

「ただ、どっちかだ」

「え?」

「ここにいる小さなお客さんの依頼を受けて彼の手助けをするのか、それともお前さんが疑問に思ってる事を質問して解決するか、どっちかだ」

「つまり、どちらかしか僕には出来ないって事ですか?」

「僕にはって言うか、俺が今、決めただけだ」

 何て言うのか、ただの遊び好きな爺なんじゃないか。

 千広さんが好きじゃないと言っていたのはこういう部分だったのかもしれない。と、思い隣に座る店主に目を向けると、目を閉じながらゆっくりと首を横に振っていた。


 ただ、二択の話をされた時点で既に僕の中の答えは決まっていた。

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