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焼却(三)

「その日記は普段どこにしまってあるんですか?」

 落ち込む彼女の事は気の毒だと思うが、こちらも話を聞く事が最初の仕事であり、行方の分からなくなった日記帳を探す手掛かりになるかもしれないのだ。

 僕の言葉を受けて顔を上げた十和子さんの瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「多分、寝室にある化粧台の引き出しの中に」

 日記帳の場所としては割とありそうな所だ。しかし、最初に付けられた『多分』という言葉に少し引っ掛かりを感じた。

「多分、ですか?」

 彼女は少し言いづらそうにしていたが、

「――あまりしっかりと覚えていないんです。おかしいでしょ?でも、日記を書いていたってのははっきり覚えてるの。無くしたことも、ただそれがどこにあるのか、どこにあったのかが薄ぼんやりとした記憶になっちゃってて」

 まただ。ここに来る人は、僕も含めて皆何かを忘れているような気がする。でも、全員に共通するような物でも無いし、逆に覚えている事にも共通している物も無い。

 その中でも僕は酷い方かもしれない。どう考えても忘れている物の多さが他の人とは段違いだから。


「歳の所為かしらね。笑って頂戴」

 零れそうになっていた涙を指で軽く拭い、改めて笑顔を見せて言ってくれる。

「あ、いえ」

 そう答え、自分も過去の事を色々忘れていると伝えようとした瞬間に、後ろから声が聞こえて来た。

「はい、コーヒーお待ちどう」

 お盆にコーヒーカップを三つ乗せた千広さんだ。

「あ、お疲れ様です。今、話を聞いてたんですけど、日記帳を無くしてしまったらしくて、それを探して欲しいって事なんですけど」

 千広さんはそれぞれの前にカップを置きながら、

「へえ、日記帳ね」

 なんて小さく呟いているが、

「仮にもう誰の目にも一生触れないって言うならそれで良いの。でも、誰かに見られる可能性があるなら、何よりも先に見つけて貰いたいし、もし見つけてもこんな思いをするくらいなら日記帳としての役目を果たせなくなるように焼いてしまいたいくらいです」

 十和子さんは、何か溜まっていた物でもあるのか、急にエンジンが掛かりマシンガンのように言葉を吐き出した。

 一体、その日記帳に何があるんだ?


「まあまあ、落ち着いてください」

 うちの店主は動じること無く、彼女の前に置いたコーヒーを手振りだけで勧めた。

「もう少し楽観的というか軽く考えてみてはどうですか?」

 誰からも返事が来ないのを確認して椅子へと腰を下ろし、更に話を続ける。

「持ち主である貴方がどれだけ探しても見つからない訳ですよ?貴方以外で貴方の日記帳を欲しがってる人はほとんど居ないはずです。それはそうです。だってそもそも貴方が日記をつけている事すら知らないんですから。そんな貴方以外の人達が果たして日記帳を見つけるでしょうか?」

 千広さんの喋りは止まらない。

「それに仮に中身が読まれたとして貴方が書いたって事が分かる人もほとんど居ません。知らん顔していれば良いんですよ。まあ、中に銀行口座の暗証番号なんかでも書いてあれば別ですけどね?」

 最終的にはドヤ顔でコーヒーを啜っていた。

17.01.27 誤字修正

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