思い出の味(五)
そこでふと思い出した事があった。百瀬さんと絵を描く場所を探していた時の事だ。
例の歩道橋から三分ほど行った所にあった公民館。そこを使わせて貰えないかと尋ねに行った時に掃除をしていたおじいさんは、僕らの対応をした時に一言も言葉を発さなかった。しかし、終始ニコニコとした笑顔を絶やさず、急にやって来た僕らに管理しているノートを見せてくれた。
でも、五十棲さんが探してるのはお母さんなんだよな。おじいさんとおばあさんを間違えることってあるのか?
「やっぱり出て来ませんでしたね。範囲をかなり広げてみたんですが」
奥から戻って来た千広さんがそう言いながら椅子に腰を下ろした。
「他に何か方法は無いのでしょうか?」
当然だけど、五十棲さんも必至だ。そんな姿を見て、
「あの、ちょっと思い付いたというか、思い出した事があるんですけど」
つい口が開いてしまった。
二人の視線が僕に集まり、こんな事を言っても良いのか迷ってしまうけど、
「五十棲さんと出会った歩道橋から三分程行ったところに公民館があるんですけど、以前そこで掃除をしている方に公民館を使えるかどうか尋ねたことがあるんですね?」
二人の頷きを見て僕は更に続ける。
「でも、その人は不自然に黙ったまま対応をしてくれる人で、最初は別に不思議には思わなかったんですけど、今思えばもしかして喋れなかったのかな?と、ふと思ったんです。ただ――」
そう。僕はずっとあの人がおじいさんだと思っていた。
「ただ――僕、その人の事、男の人だと思ったんですよね」
こんなものは笑い話だ。なんて思ったんだけど、意外にも二人は、
「まあ、今はほとんど頼れる物が無いからな。とりあえず、真吾の話を頼りにしてみるか?」
とは、千広さんで、五十棲さんも、
「母はかなり高齢でしたので、もしかしたらそういう風に見えることもあるかもしれません」
と、乗り気でいる。
確かにすがるものが何も無い状況よりは、こんなしょうもない情報でも役に立つかもしれない。
言い出したのは僕だけど、これだけ前のめりで来られるとちょっと本当に大丈夫なのかと不安になるな。
「とりあえず、俺はもう少し別の方法で情報を探してみるから、真吾、お前は五十棲さん連れてその公民館とやらに行ってくれ。そこで解決したら解決したで問題ない訳だからな」
その言葉通り、僕は五十棲さんと二人で公民館へと向かった。
あの時の様にタイミング良く掃除をしているなんて事はなく、外には誰も居なかった。が、公民館の中から時折人の話し声が聞こえて来る。ここを借りている人たちならあの人の詳細についても知っているだろうと思い、カラカラと音の鳴る玄関の引き戸を開けて、
「すいませーん、ちょっとお話し聞きたいんですけど、責任者の方いらっしゃいますか?」
襖の向こうの人達に聞こえるように声を上げる。
しばらくして出て来たのは、少しだけふくよかな印象の眼鏡を掛けたおばさんだった。
「ああ、それなら五十棲さんですよ」
状況を説明して、最初に得られた彼女の言葉を聞いて、僕の後ろに立っていた彼が涙を流しているのが分かった。




