思い出の味(四)
「そこは気持ちの問題としか言えません」
彼がしっかりと考えてから口にしたのはそんな言葉だった。
まあ、簡単に言ってしまえば、仮に誰か別の人が作った料理だったとしても、本人である五十棲さんがお母さんの作った料理だと思ってしまっていれば関係ないという話だろう。
千広さんがあんな事を言わなければそんな方法も使えたかもしれないけど、本人にこうもはっきり言ってしまっているので、仮にお母さんが作った料理で無かった場合、疑心暗鬼になってしまう気がする。
それに母親の料理だと騙して喜んで貰って何の意味があるのだろうか?依頼人が結果満足すればその過程がどうあろうと関係ないというのはあまりにも冷た過ぎるではないか。
千広さんもしばらく黙って考えてから、
「分かりました。こちらも出来る限りお母様を探し出して貴方の目の前で料理を作って貰える事を一番に考えて協力させて頂きたいと思います」
言い切った。更に自信満々の様子で続け、
「で、早速なんですが、お母様の住んでいる場所の住所やどこにいるのか見当は付きますか?」
五十棲さんは黙ったまま首を振る。
「では、何か外見的な特徴などはありますか?」
しかし、返って来る反応は先程と同じだった。
「うちに来られる方の相談っていうのは人探しが結構多いんです。ですから、うちも出来るだけ仕事をしやすい様に外見的な特徴や住んでる場所、名前などで検索が可能なツールを同業者同士で管理しているんですが――そうですか、外見的な特徴はありませんか」
伏し目がちで言う千広さんに一言言いたかったが、そんな雰囲気では無かったのでお腹の中にしまっ た。
そんな便利な物があるなんて全く僕には知らされていなかった。まあ、存在を知っていた所で京香さんも外見的な特徴などは思い出せないだろうし、結局役には立たなかっただろうけれど。
「身体的な特徴では無いかもしれないが、母は声が出せないんです。私が幼い頃病気になってしまって――」
「声ですか。身体的特徴とは言えないかもしれないですけど。少し探してみましょう」
そう言って千広さんは席を立った。
僕は当然その場に残っているのだが、特に話す事も無く沈黙したまま店の天井を眺めていた。途中からはほとんど二人だけで話していたせいで自分の入る余地は少しも無かったし、尚且つ、五十棲さんの言葉が少々衝撃的だった為、簡単に物を話して良いような雰囲気ではない。
こうして天井を眺めていると、歩道橋の上であの看板を眺めている状況とどこか似ているような気がし た。
そういえば、今日もあそこの上でこの人と出会ったんだった。
思えば、百瀬さんの看板に始まり、九十九兄弟の喧嘩とあそこの歩道橋には何か不思議な力でもあるような程、色んな事に絡んでくる。
京香さんの件に関しては、僕がここから出ていないのでノーカウントで良いだろう。
17.01.22 誤字修正
17.01.29 句読点の位置修正




