思い出の味(三)
台所で三つのカップにコーヒーを入れていると、
「さて、本日はどのような骨董品をお探しですかな?」
意気揚々と弾んだ声がした。
「――え?」
そして、今度は男性の困惑した声。
二人の声の感じから裏に居る僕でさえもそれぞれの温度差が手に取るように分かってちょっと面白かった。というか、千広さんの側でその表情が天国から地獄へと叩き落される様を見ていたかったって言うのが本音だけど。
困惑していたであろう男性は、一度小さな咳払いで場の空気を収め、
「いや、骨董品では無くて少々頼みたい事がありまして」
そんな男性の言葉通り、彼は骨董品には興味が無い。いや、あったとしても今日はそれよりも大事な話を持って来ている訳だ。
僕がコーヒーを持って表に出ると、未だに回復しきっていない千広さんがそんな男性の話を聞いていた。
初老の男性。彼の名前は五十棲太郎。会社役員をやっている六十二歳だそうだ。
僕は、話を聞きながらカップをそれぞれの前へと置き、
「そういえば、友人の方に相談したらここを教えられたんですよね?」
確認と合わせて聞いてみると、彼は首を縦に動かしながら、
「はい。本当に些細な事だったので、久しぶりに会った友人との会話の中でちょこっと話題にしただけだったのですが……」
五十棲さんは、そこで一息ついて置かれたカップを手に取り僕へ一瞥、
「その友人というのが変わった奴でして、話を詳しく聞かせろとせっつかれまして、最終的にはそういう事ならこの八百万相談所にと紹介されたんです」
そして、コーヒーに口を付ける。
「なるほどね。で、その相談したい事って言うのは具体的にどんなことで?」
やっと落ち着いたのか、やや前のめりになりながらうちの店主が聞いた。
「簡単に言いますと、思い出の味ですかね?」
五十棲さんはそう言って手拭いを取り出すと、一度顔を拭った。
「思い出の味?」
千広さんの声に僕は少し考えた。
僕にとっての思い出の味は、康介君が働いているハンバーガーショップと隣に座る僕の雇い主が毎朝作ってくれる焼き過ぎた目玉焼きくらいだな、と。
例えば彼女が作ってくれたお弁当とか母親が誕生日の度に作ってくれた豪華な夕食とか、仮にあったとしても何も覚えてないのだから。仮にあったとしてもね?
しかし、そこで五十棲さんから発せられた言葉は、
「母親の手料理をもう一度食べたいんです」
だった。彼は更に言葉を続け、
「料理は何でも良いんです。母親が作ってくれたものであれば、しかし――」
そこで千広さんが割って入る。
「例えば、お母さんの料理と見た目、味など完璧に同じように再現されている料理があったとしてもそれはダメだという事ですか?」
それを聞いた五十棲さんは黙ってしまう。
なんとなくだけど、そんな彼の気持ちが僕には分かる気がした。
思っている人と再会するならば多少雰囲気が変わっていたとして気付くだろう。でも、それが手料理となると、仮に千広さんが言うように味や見た目がほとんど同じように作る事は不可能では無いと思う。だが、それが本当に母親の手料理かどうか食べる方には果たして分かるのだろうか。
そんな不安が沈黙へと繋がったんじゃないか?なんて、思った。
17.01.21 誤字修正




