思い出の味(一)
近所の散策を兼ねて散歩をするのが日課になっているのだが、いつもの歩道橋で時間を潰すことが増えている気がする。
理由は簡単な事でつい先日までブルーシートで覆われていた看板が姿を現したからである。別にブルーシートが取られたからと言って百瀬さんの絵が完成したわけでは無い。
どういう絵にするかの構想が大体終わったという事でこれから徐々に下書きから始めると言っていた。
そんな嬉しい話を思い出しながらも僕の気持ちは深く深く沈んでいた。
理由は簡単な事で、先日店を訪ねて来てくれた七尾京香さんの件だ。
千広さんが言った通り、僕の力でどうこうなる問題じゃないという事もちゃんと分かっている。分かっているけど納得出来ない事もあった。
もしかしたら、万が一でも協力してあげれば思い出す可能性もあったんじゃないか?と。
歩道橋の真ん中で足を止め、眼下を通り過ぎる車を眺めながら深い溜め息をついた。
あの後、千広さんと京香さんは二人で詳しい話をしていたようだけど、僕は別に仕事を頼まれたせいでその話し合いには参加させて貰う事が出来なかった。
一応、何か進展があったら話を聞きせて欲しいとは彼女に伝えているのだが、全く音沙汰が無い。進展が無いだけなのかもしれないし、別にわざわざそんな事しなくても良いや。と、思っているのかもしれない。
それにしても記憶を思い出させる専門家ってどういう人なんだろう?
ふと、そんな事を考えてしまい、精神関係のお医者さんや心理カウンセラーが浮かぶが、
「よく分かんないな」
そんな言葉が自然と口から出た。
視線を上げ、ビルの屋上を見ると百瀬さんが楽しそうに作業している姿が見えた。それを見て、僕ももう少し元気を出して前向きに仕事をしようかな?なんて、気分になった。
お昼ご飯用に康介君が働いているハンバーガーショップで何か買って行こう。気を改めて進めた足が向かう方とは逆側、つまり背中側から声が聞こえた。
「ちょっと道に迷ってしまったんですけど」
振り返ると、六十歳ほどのご老人。とは言ってもなかなかに若々しい初老の男性が立っていた。
「すいませんが、もしこの辺りに住んでる方なら道をお尋ねしたいんですが?」
落ち込んだ気分を改めたばかりでさっそく困っている人が目の前に現れた。これは力になってあげないと。
「僕もここに来て日が浅いんですけど、知ってるとこなら案内出来ると思います」
言うと、男性は持っていた手拭いで額の汗を軽く拭うと、目尻の皺をより深くさせて嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます。実は、駅――」
聞こえて来た単語に反応して、
「駅ならこの歩道橋をそのまま降りて貰ってずっと真っ直ぐに行けば着きますよ」
僕が今から行こうとしているハンバーガーショップとは歩道橋を降りてちょうど反対側に位置している。しかし、どうやら僕の早とちりだったようで、
「あ、いや、実は駅からここまで来たんです」
「すいません。なんか早合点しちゃいました」
頭を下げる。男性も同じように頭を下げて、
「こちちこそ少し分かりにくい言い方をしてしまったようで」
誰かの為になろうと頑張ってるのに相手の話をちゃんと聞かないのは良くないな。と一人反省をしてしまう。
17.01.20 誤字修正
17.02.02 サブタイトル修正




