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海へ(三)

「真吾、優しい」

 紗千は言ったタイミングで僕の腰を掴んでいる手に少しだけ力を入れた。僕は少しだけくすぐったいのと女の子が自分の身体を触っているという恥ずかしさで照れてしまって上手く喋れなかった。だから、紗千の言葉を無視する形になってしまったのだが、

「少し寒いかもって心配してたけど、風がちょうどいいね」

 語尾が少し跳ねる感じに聞こえるのは、彼女の機嫌が良いからだろうか。

「あ、でも真吾は暑くなっちゃうかな?」

 前で自転車のペダルを漕ぐ僕の事を気遣う事も忘れない。なかなか出来た彼女だ。

「そしたらさ、自転車止めて休憩しようよ?お茶持って来てくれたんでしょ?」

 前を向いたままいつもより少し大きめの声で言う。


 信号機の付いた交差点をいくつか越えて行くと、大きな建物が少なくなり道路沿いには人に植えられたのか、元から生えていたのか木々がちょこちょこと顔を出し始めた。どれくらいの距離を移動しているのかは分からないが、まだ海が見える様子は無い。

 紗千が言っている事が嘘だとは思わないけれど、少しだけ心配になっているのも事実だった。

「ねえ、本当に海ってこっち方向で合ってるの?」

「うん、絶対大丈夫だから安心して進みなさい!」

 またいつものお姉さんっぽい彼女が顔を出していた。


 その後、一度休憩を挟み更に自転車に乗って数十分――

 僕は、目の前に現れた風景に自然と苦笑いが零れていた。

 僕たちが目指す方向の道路は数百メートル先で明らかに上っており、そこからしばらく坂道が続いているのが今、この場所からでも良く分かったからだ。

「紗千、もしかしたら快適な生活ももうすぐ終わりを告げるかもしれない」

 僕が冗談っぽくそう言うと、

「大丈夫、真吾がへばったら私が降りて押してあげるから」

「え、へばるまでは頑張れって?」

「私なりのエールだったんだけど?」

 紗千はそう言ってケタケタと笑った。半分本気半分冗談って感じだろうか。

 でも、悪い気はしない。笑っている彼女を見るのは好きだし、

「よし、じゃあ、エールを送られたからへばるまで本気で漕ぐよ」

 それが僕の元気にもなっているから。


 情けない事に、先程見ていた場所から把握することが出来た坂の半分にも届かない場所で僕は足を着いてしまった。

「ごめん、ここが限界だ」

 と、肩で息をしながら謝ったが、

「ううん、頑張ったよ。ここからは――」

 彼女は自転車を降りて、今、自分が座っていた荷台に手をつく。

「私も押すから頂上まで頑張ろう!」

 と、後ろから押し出した。

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