八百万仲介紹介相談所
片側二車線の大きな目抜き通りから路地を一本入ったところにひっそりと佇む小さな木造建築の骨董品店。店構えも同じようにひっそりとしているのだが、正面、一番高い所に飾られている大きな時計と、その下に設置されている手彫りの看板は、今にも外れそうで僕の不安をより一層煽ってくる。
小さな窓が店の左右、僕の視線よりも三十センチほど上部に取り付けられている。中央にある両引き戸にはすりガラスがはめ込まれており、中がどうなっているのか、ここからでは良く分からない。
そもそも本当に営業しているのか、不審者と勘違いされない程度に辺りを見回して確認してみるが、営業時間を記してあるものは無さそうだった。
目印は大きな時計と古びた骨董品店。
僕の左手に握られているメモには、ひどく汚い文字でそう書かれている。文字の下には十字の線とバツ印が一緒に書かれているが、きっとこれは地図のつもりなのだろう。だが、はっきり言って役には立たなかった。
そもそもこの路地に入るという事を教えられていないので、この地図らしき十字の意味が分かるはずがない。そして、何か目印になるようなものを一つでも書いてくれていれば……。そこまで考えて、口から出かかった言葉を飲み込んだ。
握り潰されたように皺くちゃになっているメモだけど、僕がむしゃくしゃしてやった訳じゃない。最初からこういう紙切れ――いや、神切れだったのだ。
なぜこんな言い方をするのかと言うと、このメモを書いてくれた人が僕の命の恩人だから。
そんなことよりも今は、目の前に建つこの骨董品店だ。
僕は勇気を出して道路から一段高い所に作られた引き戸に手を掛ける。レールの上に乗っかった引き戸の車がきゅるきゅると音を出して滑る。
「ごめんください」
店の中へと顔だけを入れて、様子を伺いながら恐る恐る身体を前へと進めて行く。
今までの人生で馴染のない種類の店だからと入るのに緊張していたけど、入って辺りを見回してみると、思っていたよりも普通というか、想像していた骨董品店よりも明るい感じの店内に安堵の溜め息が自然とこぼれていた。
店内は至る所に商品が並べられていて、壁側にはびっしりとタンスや棚が置かれている。その中にも当然のように商品が詰まっていて全てにシールや紙で値段が書き込まれていた。何度も価格が変わっているのか、斜線で訂正しては数字を書き直した物やシールが重なり分厚くなっている物もある。驚くことに入れ物になっているとばかり思っていたタンスや棚にさえ値段が張り付けれている。
これを買うってなったら、中の商品を取り出すのが面倒くさそうだ。
入り口から真っ直ぐ続いている鮮やかな赤色の絨毯は、そのまま店の奥へと敷かれていて、その上以外にはテーブルや椅子、大きな家具が置かれており、当然のようにその上にも商品が並んでいる。
「すいません」
そんな絨毯の上を一歩一歩進みながら、店内に関係者は居ないのかと声を上げる。店の雰囲気からなのか、それとも僕の元々の性格からなのか、あまり大声を上げる気にはならない。
「若い客とは珍しいな」
僕の前方、店の奥の暗がりから渋い声が聞こえた。
「あの、すいません。紹介されてここに来たんですけど」
変な奴だと誤解されないようにすぐに返事をするが、声の主の姿はまだ見えないので更に一歩一歩と足を進めてみる。すると、金属のこすれ合う小さな音の後に淡い柔らかな光が、暗がりになっていた場所を照らし出した。
木製で出来た大きなレジテーブルの向こう。こちらを見つめていたのは、僕の持っているメモと同じくらいにくしゃくしゃになった髪を後ろで一つにまとめ、丸眼鏡と無精ヒゲを蓄えた若い男だった。彼はこちらに目をやったまま持っていた本をテーブルに置くと、今度は左手で頬杖をついて溜め息を吐いた。
明らかに歓迎されていないことは分かったが、他に頼りになる所も無い。だから、覚悟を決めてもう一度。
「すいません。紹介されて――」
「あー……うん。聞こえてる。大丈夫。客じゃないのは最初から分かってたから。」
男は明らかに落胆を隠しきれない様子で僕の言葉をそう遮った。
しかし、彼の言葉には嘘が含まれている。最初に僕を見て若い客って声を掛けて来たのに、最初から客じゃないと分かっていたって言うのはおかしい。
とりあえず、向こうの状況は僕には分からないが、こっちも溜め息を吐き出したくなるような状況であることには変わらないのだ。だから、心の中にあるたくさんの不安や不満を、手の中に握ったメモで叩き潰して足を一歩進め、レジテーブルへと向かった。
昔から使っているであろうテーブルには、ブラウン色のコントラストが綺麗に色付いた木目。そこに置かれたレジも年代物なのだろう。男の後ろに置いてある棚の中の骨董品も店の手前に置いてあった骨董品とは一味違う感じがすると、素人の僕にも何となくだけど分かった。
「とりあえず、話は聞こうか?」
棚の中に並べられた骨董品に夢中になっていた僕にそう声が掛けられた。どれくらい店の雰囲気に浸っていたのか、いつの間にか男は気を取り直していた。
そして、そのまま椅子を取り出すとレジの前へと置いて、店の更に奥へと入って行く。
「コーヒー、紅茶があるけど、どっちがいい?」
正直どちらも得意では無いのだけど、ここで、ジュース下さい。出来れば炭酸だと有難いです。とは言えない。だから、
「コーヒーでお願いします」
二、三分経っただろうか、僕の目の前にはテキパキとした手際でコーヒーカップや角砂糖、ミルクの入った容器が置かれていく。
「で、君の名前は?」
「真吾です。斎藤真吾」
自分のカップに砂糖とミルクを入れ、元いた椅子へと腰を下ろす男に今度は僕の方から質問をしてみる。
「僕、本当に何も分からずにここに来てしまって、店長さんを前にこんな事を言うのも恥ずかしいんですけ ど、ここって普通の骨董品店ですよね?」
男は一つ咳ばらいをすると、
「斎藤君、いや、真吾君。君は誰かにここを紹介されたと言っていたね? 困ってる人を見かけて、ただの骨董品店を紹介する人間がいると思う? 答えはノーだ」
ノリノリで話してくれるのは構わないのだが、少しだけほんの少しだけイラッとしてくるのはなぜだろう。だが、男は構わずに続ける。
「ここは骨董品店と同時に八百万仲介紹介相談所という仕事もしている。骨董品店の店長兼オーナー、八百万の雇われ店長している鈴木千広だ。よろしく」
そう言って握手を求められるので僕も右手を差し出した。
しかし、お店の紹介をされた所で疑問が山ほどある事には変わらない。
どうしてその八百万なんとかってお店を紹介されたのか。もしかして何でも屋的な場所だから、面倒な奴はとりあえずここを紹介しておけば何とかなるんじゃね?的な感じだったのだろうか。頭の中でそんなことをぐるぐると考えていると、
「で、真吾。君は一体誰にここを紹介されたんだ?」
どう答えて良いか分からない質問だった。
17.01.28 句読点の位置修正