表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ボウイが絆?  作者: rococo
1/1

裕一と瑠衣

                    2、 祐一と瑠衣 



 この夢を見る三ヶ月前、裕一の日々は確かにうつろだった。かつては自分の中にあった情熱とか純粋さもいつのまにかふらふらと揺るぎ出し、今では持っていても役に立たないのではないかと思う事すらある。どこかで折り合いをつけて生きていく事に不満を言うのも三十二歳の今となっては子供じみている気もしていた。

 


それは十二月に入ったばかりだというのになんとも寒い日だった。

「裕一。」

歯切れよく澄み切った声に振り向くと瑠衣が小走りに近付いて来た。そして奇妙なものを見る様な目で裕一を覗き見た。



「どうしたの?ひどい背中。人生に疲れはてた小父さんね。もしかしてまた失恋?」

裕一は少しばかりむっとした表情を瑠衣に投げた。



(はぁ!頭のいい女ってどうしてこう無神経なんだろう。黙ってにこにこしていればそれなりなんだけど。自分に自信があり過ぎるっていうのも考えものだね。)



「失恋なんていつの話だよ。そもそも後まで引きずる程のめり込む恋なんてもう長い事していないし。まあ、疲れているのは確かだけど。」

そう言うと裕一は時計を見た。



「まだ七時半かぁ。」

その声にはどことなくがっかりした響きがこもっている。仕事に夢中で楽しかった何年か前まではたまには早く帰りたいと思ったものだった。それがこうして叶ったとたん時間をもてあます。




その上両親との同居という事情が時に面倒でつい不機嫌になる。確かに大学卒業後、一度は一人暮らしをしていた。でも、二年前生活の便利さと経済的な合理性を優先して自分から実家に戻った。それを考えれば自分の身勝手さも少なからず認識はしているが近頃は何もかもがちぐはぐでうまくいってない気がして仕方がない。




瑠衣は裕一の冴えない顔をもう一度つくずくと眺めた。

「ふ――ん。裕一が失恋以外で悩む?そんな事あるんだ。驚き。ねえ、話してみなさいよ。悩みなら聞いてあげるから。」



瑠衣の自信に満ちた横顔を裕一は恨めしそうにちらっと見た。

「それはどうも。でもさ、心療内科医だからって俺を患者にしないでくれる。だいいちまだ半人前だろう?――医者としてはね。」



珍しく裕一が皮肉で瑠衣を刺す。ただしそのくらいの事でたじろぐ瑠衣ではない。

「そうよ、まだ半人前。だから裕一の悩みくらいが調度いいわけよ、ね?」



二人の会話の内容がまるでわからない周囲の人達には仲のいい夫婦に見えたかもしれない。本当は緑ヶ丘の街をただ肩をならべ、思いつくままに言葉を交わしそれぞれの家へと向かっているだけなのに。見た目と言うのは多くの場合あてにはならないものだ。



 裕一と瑠衣は家が隣の幼馴染。幼稚園も小学校も一緒。中学からはお互い男子校、女子校と別の学校にすすんだものの二人の間に大きな距離ができる事はなかった。家族を別にすればお互いの人生を最も長く見てきたとも言える。そんなわけで当然気心は知れている。



生まれついての素直さと、人当たりのよさで周りに溶け込む裕一。そんな裕一は瑠衣の目にはどこか頼りなく見えた。一方負けず嫌いで、周囲もそして自分でも優秀だと認めている瑠衣。そんな瑠衣が裕一は時々うっとうしかった。それでも相性がいいのか遠い存在にはならない。ただし二人の間に恋愛感情が割り込む事はなかったし、この先も絶対にないとお互い確信している。



 そんなふたりは今三十二歳。裕一は音楽こそ人の喜び、悲しみ、時に怒り、そして夢をも包み言葉を越えて世界を繋ぐ力があると信じ大手レコード会社に就職した。瑠衣は人の心の不思議に興味がつきず診療内科医になった。ただこの瑠衣の選択に裕一は疑問を抱いていた。もちろん面と向かって瑠衣に言った事はないけれど。



(瑠衣が人の心を救う?――本当に?――そりゃ瑠衣は頭もいい。性格だって悪いわけじゃない。口が悪いだけだ。でもな・・・挫折を知らないだろう。あまりに自信にあふれ過ぎている。元気を吸い取られる気がする。俺なら他の人に相談したいね、うん。)

裕一は頭の中でそんな事を考えながら瑠衣に微笑んだ。



「ねえ、夕飯まだ?」と瑠衣。

「うん。お袋が用意してるだろう」

「そうよね。裕一のママはあなたが可愛くてしかたないんだからね。」

瑠衣のちょっとおどけた顔が腹立たしい。



「でもさ、久し振りじゃない。こんな時間にここで会うなんて。お茶くらいしない?いいじゃない。怒られるのが怖い歳でもないでしょう。」

「まあ――な。う――ん。」

いつもの裕一のはっきりしない返事。それでも瑠衣はまったく気にしない。裕一が迷う時はどちらでもいいという事だと昔から解釈している。今もこれ以上彼の返事を待つ気はさらさらない。



「じゃあ、行こう。裕一もあそこのロールケーキ好きじゃない。」

(俺、そんな事いつ言ったっけ?――だいたい甘いものは苦手だし。自分が食べたいならそう言えばいいのに。可愛げのない奴。見た目はかなりいけてるのに彼ができないのはそのへんが問題だな。)



ふと見ると瑠衣はもうかなり先を歩いていた。この場の決断がとてもすばらしい事でもあり、当たり前の結果でもあるかのように。結局長い間の人と人の関係はそう簡単には変わらない。今日もまた瑠衣が主導権を得て裕一は頭の中で小さな反抗を繰り返していた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ