えっちっちーな本はインテリアですか?
俺は自分の新しい家となった空間に座り込み、考えを巡らせていた。
アレクシアが言うには、アレクシア自身は魔法だかなんだかよく分からないが、俺の常識からしたらチート級の力を使って、俺のいた世界も含めて様々な世界を見てきたため、「アイドル」のことは多少知っていたらしい。しかし、国民にはどうも「アイドル」という概念そのものがないということだった。
となると、いきなりアイドルを見せたって意味がない。まず、アイドルというものを知ってもらう必要がある。
「どうすっかなー」
出鼻を挫かれた感が半端ない。
でも、ただ考えていても仕方がない。とりあえず俺はあたりを散策してみることにした。
こうして町を散策していると、改めて自分が本当に異世界に来たことを実感させられる。
今までは画面越しに見ていたアニメの世界が、今は現実と化して俺の感覚を刺激している。
しばらく歩いていると市場を見つけた。
そういや小腹もすいたし、ちょうどいいや。
俺は市場に立ち寄ることにした。市場には、野菜やパンなどが置いてあり、見た目もあまりあっちの世界と変わらなかった。
俺はそこでフランスパンみたいなものを買い、かじりながらまた散策を続けることにした。
先を進むにつれ、だんだん人通りが少なくなってきた。
ここは何だ?路地裏か何かか?
狭い道を進んでいくと途中、ごみ袋が積み重なったごみ捨て場らしき場所に差し掛かった。
普段ならそのまま通り過ぎるんだけど、今日の俺は違った。不覚にもフランスパンもどき片手に立ち止まってしまった。
だって、ごみ袋から足が2本ほど生えてんだもん。
大規模引っ越し初日から死体遺棄現場に鉢合わせた俺の気持ちを誰が理解できようか、いやできない。
これは、見て見ぬふりをするべきか否か……。
俺が悩んでいると、死体の上半身部分がずっぽり埋まっているごみ袋が動いた。
「ひいいいいっ」
恥ずかしながら勝手に悲鳴が漏れました。
やっぱファンタジーたっぷり異世界だと、ゾンビとかも共生しちゃうもんなのだろうか?
俺の思いもよそにごみ袋はなおも動き続け、そして何かが生まれた。
それはもう、はい、衝撃の出産シーンでした。
「くふぅ……うぅん」
大きく伸びをしているついさっきまで俺が死体と勘違いしていたものは、ごみまみれの超絶美少女だったんだから。
しかも、獣耳っ子だ。頭から犬とか猫のような耳が飛び出している。
彼女を見た瞬間、俺のなかの何か中枢的なものがプッチンプリンした気がした。
この子をアイドルにしたい。
なぜだかは分からないがそう思った。いや、美少女ってのが大きいんだけど。
「ねえねえ、迷えるお兄さん」
「へ?あ、なんだい?」
迷ってはいないんだけどな。むしろこの子のほうが迷える子羊状態だと思う。
「そのパンもう食べないの?」
パン?……あ、そういやずっと握りしめたままだった。
「そうだね。もう今はいらないかな」
いろんな意味でお腹いっぱいになってしまったよ。
「じゃあ、あのね、もしよかったら、もしよかったらでいいんだよ?私にそのパン譲ってくれたら嬉しいなあって」
少し恥ずかしそうにもじもじとしながら彼女は言った。
か、かわいすぎる……
「いいよ。はい、どうぞ」
「わあ、ありがとう!お兄さん!……はむっ……」
勢いよくパンにかじりついたが、なんせフランスパンもどきだ。それなりの硬さがある。彼女は獣耳をぴんと立て、顔を真っ赤にしながら噛み千切ろうと頑張っている。
「むぅぅ……これ、かたいよお」
「おれが小さく千切ろうか?」
「うん。お願いしまふ」
俺は彼女の隣に腰を下ろし、彼女からパンを受け取り、ひとつずつ千切っていると、彼女は口を開けて待っていた。
「た、食べさせればいいのかな?」
「こくこく」
彼女は開口状態で頷いた。
「じゃあ、はい」
俺は一切れを口に入れてあげた。
彼女はおいしそうにパンを味わっていた。
「あーん」
味わってたはずなのに、もう次の補給を待機している。
「はい」
「もっもっもっも……んぐ。あーん」
「はい」
「もっもっもっも……んぐ。あーん」
「はい」
・
・
・
こんなわんこそばみたいなことを繰り返しているうちに、パンはなくなってしまった。
「んん~、おいしかった。久しぶりにこんな新鮮なものを食べたよ」
彼女は満足してくれたみたいだ。
「君はいつもどんなものを食べてるんだい?」
「ん?これこれ。このごみ袋の中から食べれそうなものを漁って食べてるの」
「おいおい、それは健康に悪いだろ。自分の家では食べられないのか?」
すると彼女は寂しく微笑んだ。
「私には家がないの。ちょっと前に両親が伝染病で死んじゃってね、家賃払えなくなったら、追い出されちゃった」
「そっか。なんか変なこと聞いちゃったな。ごめん」
彼女はこれを強く否定した。
「そんなことないよ!それに私のこと心配してくれたの、お兄さんが初めてだよ」
この子はいったいどんな人生を送ってきたんだ。ちょっと俺には計り知れない。
「それじゃあ、君は寝泊りもここでしているのか?」
「うん、そうだよ」
正真正銘のホームレスってわけか。
俺がこの子を助けなきゃいけない、という使命感を感じた。お節介にもほどがあるだろう、でも、異世界なんだから少しくらい好きに生きたっていいよな。
俺は彼女とまっすぐ向き合った。
「君の名前を教えてくれないか?」
「私はフィオナ。フィオナ・コートニーだよ。お兄さんは?」
「俺は宮笠悠斗っていうんだ」
「ゆーと。じゃあ、ゆーとお兄さんだね」
フィオナがはにかみながら言った。
もう俺はフィオナに魅せられてしまったみたいだ。胸が熱い。
「フィオナ、俺の家で暮らさないか?」
一瞬、時が止まったような気がした。
フィオナは目を丸くして俺を見ていた。
「私がゆーとお兄さんと一緒に、暮らす?」
「そうだ。おれはフィオナ、君のことをこのまま放っておけない。君の面倒は俺が責任をもってみる。だから、君の親代わりになれないかな?」
「いい、の?私、こんなに、汚いのに?」
「いいんだ。そんなの風呂に入ればすぐきれいになるよ」
「食いしん坊でも、いいの?」
「ああ、一緒に料理すればそんな責任感じなくて済むさ」
「どうして?ど、うして、そんなに優しくして、くれるの?」
フィオナの声は震えていた。
「実はね、俺も両親を小さいときに事故で亡くしててね。だから同じ境遇の人をほっとけなかったんだ。そして、それ以上に君の魅力にひきつけられた」
フィオナは最初驚いた表情を見せたが、すぐ張り切れんばかりの笑みをこぼした。
「私、いま、すごくうれしいな。うれしくて涙出てきちゃったよ。もう、ゆーとお兄さんに、私の全部を捧げてもいいくらいだよ」
うれし泣きしながらとんでもないこと言ってるよ、この子。
「でも、ほんとにいいのかな?私なんにもお仕事してないから、お金払えないよ」
「お金のことは気にしなくていいんだ。絶対大丈夫だから」
どうせ全部経費で落ちる。
「じゃあ、お世話になろうかな。ありがとう、ゆーとお兄さん!」
涙をぬぐったフィオナの顔は未来への希望に満ち溢れていた。
「ああ、よろしく。それでよろしくついでに、俺のお願いをひとつ聞いてくれないか?」
「え、お願い?うん!なーんでも言って」
「フィオナ、アイドルをやってくれないか?」
「ほえ?あいどる?」
フィオナは小首をかしげている。
そうだった。ここの国民はアイドルを知らないんだった。
「うん、そうだなあ。人前で歌ったり、踊ったりして、お客さんに笑顔を届ける人たちのことだよ」
「なんか楽しそう!でも、私、歌も踊りもやったことないよ?」
まあ、フィオナの生活を聞けばそうだろうと思った。それに俺だって、アイドルとか二次元のアイドルを育成してただけだしな。ゲームで。
「それはこれから練習していけば大丈夫さ。どうかな?やってくれるか?」
「うん!私、ゆーとお兄さんのためにがんばるよ!」
フィオナは満面の笑みで快く承諾してくれた。
「ありがとう、フィオナ。それじゃ、とりあえず家に行こうか」
「そうだね。やっぱりえっちっちーな本とかあるのかな?」
「ないよ」
フィオナはいきなりすごいことを言い出すから、気が抜けない。
「そっかー。てっきりえっちっちーな本は男の人の家じゃ、インテリアくらいの存在なんだと思ってたよ」
あれをインテリア化してるのは、書店のアダルトコーナーだけであってほしい。
その後もフィオナの質問責めにあいながら、なんとか家路についた。
「おっきい家だねー」
「そうだよな。おれもまさかこんな家に住むことになるとは思わなかったよ」
フィオナが感心するのも無理もない。アレクシアが俺に用意してくれた家はひとりで住むには、大きすぎるくらいのものだった。
家具など必要なものはほとんど完備されているため、ほんとに至れり尽くせりだ。
中に入ると、俺は真っ先にフィオナを風呂場に連れて行った。
さっき本人の話では、かれこれもう1年近くちゃんと風呂には入れていないらしい。
「着替えはここに置いておくよ。俺のだから少し大きいと思うけど我慢してくれよ?」
「うん、ありがとー」
扉の向こうからシャワーの音と共に、フィオナのこもった声が聞こえた。
こういうのって無駄に色っぽく聞こえるんだよなあ。
俺は足早にリビングに向かった。
リビングに戻り、くつろいでいると足音が近づいてきた。
どうやらフィオナがあがったみたいだ。
「ゆーとお兄さあん……」
名前を呼ばれ俺は振り返った。そして
「っ!?」
絶句した。
フィオナは、下を穿いてなかった。
Tシャツが男物だったため、なんとか大事な部分は隠れていたが、パンツ一丁ならぬTシャツ一丁なのは見て明らかだった。
「フ、フィオナ!ズボンはどうしたんだ!?俺、ちゃんと置いておいたよな!?」
「う、うん……」
フィオナはしおらしく、体をねじらせながら言った。
「上はね、着れたんだよ?でも、ズボンは何回穿いてもずり落ちちゃって」
俺がアレクシアからもらった服のなかでも俺がぎりぎり穿けるくらいのズボンを選んだつもりだったけど、フィオナには大きすぎたか。
「それは悪かった。ごめんな、フィオナ。どうする?俺がこれから買ってこようか?」
「いいよそんな!ほら、ちゃんと隠れてるし、ね?もし買ってくれるなら、明日いこ?」
「俺が落ち着かないんだけど……」
「あれー?ゆーとお兄さん、もしかして私に発情してる?」
フィオナはさっきとは打って変わって、イジワルそうな顔で問い詰めてくる。
「は、発情なんてするか!その、少し、いや、なんでもない」
「少し、なあに?」
「うるせえうるせえ!明日だな。明日絶対買いに行くぞ!」
俺は強引にごまかした。
そりゃ、美少女がこんな恰好してたら、興奮するに決まってるだろ。
「ごまかしたね。ま、いいけどねー。明日はゆーとお兄さんとお買い物だから許してあげるー」
機嫌がよくなったのか、フィオナはリビングを駆け回っているが、全年齢対象の壁にひびが入りかけてるので、自重していただきたい。
「とりあえず寒かったら言ってくれよ?布団でも巻きつけるからさ」
「はーい」
ここで俺はフィオナが風呂に入っている間考えていたことを口にした。
「フィオナは自分の部屋欲しいか?」
「うん!お兄さんと同じ部屋がいいなー」
気持ちはうれしいけどそれじゃ気軽に着替えもできない。
「それはだめ」
「ゆーとお兄さんは恥ずかしがり屋さんだなー。でも、もらえるならもらっちゃおうかな」
「よし、決まりだ。じゃあ、俺の部屋の隣にある部屋をフィオナの部屋にしよう。それならいいだろ?」
せめてもの気遣いだ。
「え、いいの!?これは思ってもみなかった幸運だよー!」
フィオナはしきりにガッツポーズをしている。そのたびに「夜這い!夜這い!」と聞こえてくるのは、気のせいだろうか。きっとそうに違いない。
「これからはその部屋自由に使っていいからな」
「うん、ありがとう!」
フィオナも喜んでくれたみたいだ。
そこで俺はもう一つフィオナに提案した。
「アイドルってどんなものか、見てみるか?」
フィオナは不思議そうな顔をした。
「え?いるの?アイドル見れるの?」
「正確には映像かな?俺は異世界から来たからね。この道具のなかにアイドルの映像が入ってるんだ」
二次元のだけど。
「えいぞう?なあにそれ?……ていうか、異世界!?ゆーとお兄さん異世界から来たの!?」
フィオナは目を丸くしてる。
ずっと言うのを忘れてたんだ、ごめん。と俺は心の中で謝罪した。
「まあ、事情はいろいろだから、あんまり気にしなくていいよ」
「う、うん。噂ではたまに異世界から人が飛ばされてくるって聞いたことあったけど、実物を見るのは初めてだよ」
フィオナはどこか嬉しそうだ。異世界人を自分の目で見れたことが嬉しいのだろうか?
兎にも角にも、元いた世界のことをあまりフィオナが追及してこないのは意外だった。そういうことには興味ありそうだったのに。なんにせよ助かったが。
というより、アレクシアは俺以外の人間も過去に引っ張ってきてたのかよ。
「その異世界の道具でスマホっていうんだけど、ここにアイドルの映像が……映像のことは実際見てみたほうがはやいよ」
そう言って俺は、スマホの動画フォルダからとあるアイドルアニメの動画をフィオナに見せた。
「画面の向こうにこうやって映っているのが映像っていうんだよ。それでこれが俺のいた世界で人気だったアイドルだよ」
アニメだけど。
「これが、アイドル……」
フィオナは食い入るように画面を見つめていた。その目は真剣そのものだった。
動画が終わるとフィオナはすぐ俺のほうを向いた。
「すごい!すごいねアイドルって!すっごくかわいくてね、かっこよかった!私もこんな風になりたい!」
「なれるさ。俺もフィオナがこんな、いや、これ以上のアイドルになれるようにしっかりサポートするからさ」
そうだ。フィオナがアイドルを受け入れてくれることはすごく大切だ。でも、それ以上に俺が頑張らないと意味がない。
これは責任重大だな。俺は苦笑いをした。
「これからよろしくね、カントク!」
突然、フィオナが俺に言った。
「え、監督?」
このときの俺はさぞ間抜けな顔だっただろう。
「うん!私のことをアイドルに変えてくれるからカントク!」
うれしそうに答えるフィオナに俺も思わず笑顔がこぼれた。
ほんとはそういうの、プロデューサーっていうんだけどな。まあいいか。
「そうか。こちらこそよろしくな。」
何はともあれ、俺はフィオナと共に大きな一歩を踏み出しただと思う。