入学式の後で
桜吹雪が舞う中で、私はため息を吐いた。
決して憂鬱とかではなく、ただ単に・・・・。
「入学式って、つまらないね」
という、退屈から来るものだった。
ため息のおまけ付きで、私は独り言のように呟いた。
「まぁ、他の学校はこれ以降に自分の教室に行って、生徒と担任教師の初顔合わせ、って所だろうね。明日からのお楽しみにする理由を見つけたためしが無いや」
と隣で、呟きのような私の台詞に、葵が答える。
ここは青桐高校の校舎内。灰色の塀に囲まれた、レンガを思わせる茶色い壁。中はクリーム色の壁が冷たくて気持ち良いので、今はその壁にもたれかかっている。
体育館から続く玄関までの廊下で、なるべく人のいない場所。そこで、私達、というか葵がとある約束事で人と待ち合わせているらしいので、1人は寂しいので、葵とギリギリまで一緒にいる事にした。
「そういえば、待ち合わせているのって誰なの?」
「ん・・・・紫苑だよ」
「へぇ。紫苑かぁ」
紫苑。花の名前だよね。確か花言葉は追憶。紫色の花で、結構好きな花で・・・・。
―― 紫苑?
「あ、あの、それってもしや、例の――」
「待たせたな、葵」
ちょっとハスキーな、それでも若い声。聞いた途端に肩をビクつかせてしまって、かなり、失礼な態度である事を、一瞬の後に反省。
振り返ってみると、そこには、真っ黒を通り越して漆黒の髪を持つ、凛々しい少年が・・・・。
「あ、紫苑。遅かったね。何のお話だったの?」
「あぁ・・・・葵が別に気にするような事じゃない。入学早々に転校を勧められただけだ」
「あー、確かに私が気にしてもどうしようも・・・・って、気にしてもらいたくないなら言わないでよ!」
「お前が聞いてきたから言っただけだ」
私がそこにいる事を知らないかのように、というか、私を空気のような存在として見ているのか、紫苑という人は、葵と会話をし始めていた。あまりにも自然な流れで、その流れに乗っかる事の出来ない自分を、私はちょっと、恥ずかしく思えてしまった。
「―― 葵」
「ん、何」
「・・・・さっきから寂しそうにお前と俺を見ているが」
一度も私の方を見ていなかったはずなのに、私の心を読んでいるかのごとく、紫苑君は親指を立てた拳の親指、その延長線上に私が入るようにした。
その線を辿った葵は、キョトン、とした顔から、段々とその顔に焦りが混じり始める。
「・・・・あぁああぁぁっ! ご、ゴメン藍菜ちゃん! 忘れていたわけでは決して無いからね!」
「こいつがそう言う時は大抵忘れていた時だぞ」
「ちょ、紫苑!」
「本当の事だろうが」
葵は紫苑君の頭をポカポカ叩く。紫苑君はというと、持って来ていたらしいクッション(どうやってもってきたのだろうか?)でその攻撃をガードしていた。こういう事は日常茶飯事で起きているのだろうか。これなら、双方ほぼダメージ無しの状態。
と、思ったら、葵の体力が尽きて、その場にへたり込む。
「大丈夫・・・・?」
「大丈夫だ。葵は体力の持続性は無いが、回復力は超一流だからな」
何故貴方が答えるのでしょうか。
「そ、そんな事より・・・・」
葵がよろめきながら、壁を使って立った。本当に回復力は高いみたい。
「藍菜ちゃん、これからどうするの? 私達、これから学校の部活の方に行くけど」
「え、部活?」
「うん。青桐中学校から進学した人は、部活を継続できるの。まぁ、入った部活にもよるけどね」
つまり葵は、中学生や高校生が、合同で活動できる部活に入っている、という事かな。何の部活かは知らないけれど、紫苑君も入っている部活・・・・文化系だろうか。
「・・・・帰ろうかな」
「そう? 今度の新入生部活勧誘の時は、見に来てね」
「さりげなく勧誘するな。というか、俺達の入っている部活は・・・・」
私に背を向けながら手を振る葵と、その隣で歩く紫苑君。
何か、完全に『驚くタイミング』を逃してしまった。
紫苑、って、小室 紫苑の事だよね?
ECTの開発者小室 紫苑の事だよね?!
独りぼっちの廊下は思ったより声が響くぐらい、人がいなくて。
部活をする生徒は全員、外にいるか2階にいるかで。
さすがに、此処で叫べば大変なご迷惑と誤解を招いてしまうわけで。
なので、この驚きを心の中で表現しようと思います。
%#&*$¥<♪◎☾✕✧っっっ?!
言うまでも無いけれど、これは紫苑君達が、私の視界に入らなくなってから数10秒後の、心の中の混乱を表すに相応しい叫び(?)だ。廊下にしゃがみ込んで頭を抱え、気恥ずかしさと困惑で乱雑した脳内を、手早く整理する事は脳の回転スピードが遅い私には、難易度の高い試練のような物だった。
無論、この後に寂しく1人で帰るという嬉しくないイベントが待ち受けている。それさえも忘れてしまうほどに、3分の間中、じっとしながら悶えた。
グルグルと、驚愕のあまりにひっくり返ってしまった『思い出』と『知識』と『慣れ』の本棚の整理に、10分以上かけてしまった。
帰途に着く頃、外はもう綺麗な茜色に染まっているのだった。