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絶望という名の奇跡

 コーヒーを飲んで落ち着いた時間を過ごす。まる、時間がゆっくりと過ぎていくような、心地良い感覚。ただ、そんな時間は、やがては消えるもの。段々とお客さんが増えていくのだ。

 結局3杯ほどコーヒーをもらってしまって、私はカフェから出る事にした。

「また来てねー」

「はいっ」

 恢さんの声に明るく応えて、私はお店の外に出た。空の端がちょっと赤くなっている。

 2、3歩歩くと、春の暖かい気候の中、未だ冷たさを帯びる風が吹く。私は前が見えるように髪を押さえながら、ただオレンジ色の雲を眺めた。

 そう言えば、最初もこんな空の下だった。

 忘れたくても忘れられない、最初の『繰り返し』は、こんな空の下で、いや、もっと赤くなった空の下で起こっていたのだ。みんなにとって数週間前の入学式の日。もう、凄く前の事みたいに思える。

 みんなと時間の感覚が少しずれてきているのかもしれない。少しずつ、少しずつ。川の縁が、水によってゆっくり削られていくように。ゆっくり、ゆっくりと。

 私は不規則に止まる時計。みんなは止まる事のない普通の時計。また同じ時に戻った時、私だけがみんなの『裏』を知っている。ずっと背中を追いかけて、追いついてもすぐ離されて。そんな私は、みんなの後ろも前も見ることが出来る。

 ただ、知ったからといって、何かが変わるわけではない。それも知っている。

 みんな『未来を知りたい』って言うけれど、私は・・・・。

「あれ、まだ此処にいたの、コーヒー少女」

 ・・・・この変な呼び方は。

「朱華さん、何ですか、そのコーヒー少女って」

「だって、コーヒー好きじゃない」

「コーヒー少女って、まるでコーヒーを愛しているみたいじゃないですか。そこまで重症じゃないですよ、私は」

 そこには、まだ制服姿の朱華さんがいた。店内で別れてから1時間以上経っているけれども、まだ帰っていなかったのかな? でも、すぐに帰るって言っていたような気が。

「ははっ、ごめんごめん、藍菜ちゃんで良いよね? あ、そうだ。恢まだいる?」

 朱華さんは屈託の無い笑みを浮かべる。その笑顔が綺麗で、男勝りと言うほどでも無いけれど、格好良い笑顔だと思った。ただ『良いよね?』と聞いたなら、返答を待って欲しいな。

 とりあえず、私の呼び方は藍菜ちゃん、になったらしい。

「いますけど」

「そっか。帰っていたら怒るところだよ。店長なのに」

 そもそもその店長と一緒に帰る約束をしていた朱華さん。もし恢さんと一緒に変える事になっていたらどうするつもりだったのだろうか。

「・・・・藍菜ちゃん、もしかして帰りの約束の事、覚えていたりする?」

 ちょうど考えていた事を聞かれて、思わず緊張してしまう。朱華さんはニッコリ、先程より優しい笑みを浮かべていた。

「あれね、嘘」

「え・・・・」

 え、嘘って。

「あんな約束しないわよぉ。恢って小さい頃、1人じゃ何も出来ない奴だったからさー、どうしても心配になってついつい余計なお世話をかけたくなるのよ。ごめんね、巻き込んで」

「と言う事は、恢さんと私の色濃い関係で話が進んだのって・・・・」

「そ! 私の変なお節介!」

 朱華さんはコロコロ笑って、半分呆れた私の肩を叩く。

 と、叩かれた反動で、私は視線を落とした。そして、朱華さんが何か小さな物を持っている事に気が付いた。おそらく、一度家に帰ってから持ってきたのだろう。

 さっき朱華さんは恢さんの事を聞いてきた。つまり、これは恢さん宛の物。

「その中身って何ですか?」

「あぁ、これ? お菓子少年があまりにも忙しそうだったから、代わりに、ね。砂糖らしいわよ」

 お菓子少年は、どう考えても藤黄君だろう。

「砂糖、ですか?」

「ええ。確か、おぞましいモノの名前が付いた砂糖だったかしら・・・・」

「幽霊砂糖ですか? 前にニュースでやっていた」

 幽霊砂糖って、上品な甘さと旨みが凝縮された砂糖だ、ってニュースキャスターさんが言っていた。サトウキビの青バージョンの植物から取れる砂糖で、育てるのは簡単だけど、一般で使うのには不向きな砂糖。一流のお菓子屋さんとかでも扱われていないらしい。

 それを扱う事の出来る人は尊敬される、って聞いた事がある。まさか、恢さんがその尊敬される人の内の1人なのかな。そんな感じには見えないけど。

「お菓子少年が作るお菓子を再現してみたい、だそうよ。恢も物好きよね」

 と言う事は、藤黄君のお菓子って幽霊砂糖が使われているという事?! 何も考えないで食べていたよう。今度聞いてみよう。

「ん、ちょうど出てきた! ごめんね藍菜ちゃん、また今度」

「あ、はい」

 振り返ると、確かに恢さんがカフェの前で背伸びをしている。束の間の休憩というところだろうか。その恢さんの方へ、パタパタと朱華さんが走っていく。何処と無く嬉しそうに、楽しそうに。


 ―― あれが、恋する女性というものなのだろうか。


 だとしたら、羨ましい。私にはそういう人、いないから。恋愛感情を持てる人、というのが、記憶の中には存在していないのだ。

 きっと恋というものをすると、時々苦しくて、時々痛くて、でも凄く嬉しいのだろう。その人が見えるだけで楽しくて、話せたらもっと嬉しくて。

 恋は甘酸っぱいものだって、何処かの本か雑誌に書いてあった気がする。実際どうなのかは知らないし、誰かがただ苦いだけだって言っていた覚えもあるし、とどのつまり、恋愛ってした方が良いのかしない方が良いのか決めかねる。

 してみたいと思った事もあれば、しなくても良いと思ってしまった事もある。まぁ、結局曖昧なまま終わってしまいそうだな。何も変わらないままで。

 むしろ、何も変わらなければ良いのに・・・・。


「―― それは、叶わない。知っているだろう」


 声のした方へ向き直る。恢さん達の嬉しそうな声が小さく聞こえる場所で、学校の校舎、その手前で。

 校舎の影に、声の主は佇んでいた。

 足先すらもその影に触れさせず、私も静かに立っていた。

 男声を発した青年らしき人影は、ただこちらを見つめている。

 それはフードの付いたローブを纏っており、顔を見られたくないのか、フードを被っている。

 砂埃が風に舞い、彼のローブの裾を揺らす。

 直感。

 それでしかない。

 この人は。

 こいつは。


「今度は『誰を殺す』の?」


 ―― それは、一番聞きたかったこと。

 それは、聞かなければならなかったこと。

 目の前にいる青年は、入学式のあの日、目の前に現れた真っ白な少女と、ゴミ掃除の日に遠目で見かけた誰かと、雰囲気が似ているのだ。

 どこか不自然。

 どこかが、普通の人間ではない、得体の知れない奴。

 奇妙な事に、薄気味悪いわけではなく、そもそも『彼等』に対する何かは無い。

 どういう訳か、彼等がみんなに危害を加えているという事は分かっても、それに対する怒り、憎しみの類の感情が、何一つ浮かんでこないのだ。

 そういう意味では、不気味。

「貴方達、一体何者なの?」

「そちらの問いに、まだ答える事は出来ません、我等が『クイーン・藍菜』よ」

「・・・・?」

 青年は深々とお辞儀をする。まるで高級なレストランや大きなお屋敷で出迎える、ウェイターや召使のような仕草。とてつもなく丁寧な振る舞いだ。

 それにしても、クイーン? 女王? 私が?

「しかし、前者の問にはお答えします、我等がクイーンよ」

「っ!」

 取り出したのは黒い銃。金色の歯車の装飾が施された、美しい見た目の銃だ。

 けど、その美しい銃が何をするのかはもう、知っている。

 銃なんて、使い方は1つか2つしか無いじゃない!

 私は急いで振り返る。

 急いで、来た道を戻る。

 ・・・・いや・・・・。


 『戻ろうとした』


 後ろから聞こえた、大きな破裂音。

 乾いた音が響いて、私の左耳の傍を何かが飛んで行く。

 一瞬で飛び去ったそれは、2つ。

 私の目線よりも少し上へ飛んで行く。

 後ろにいる彼と、私の左耳よりもう少し左。

 その延長線上には、2つの人影がある。

 私は、その人達を、知っている!


 ・・・・。

 間に合うはずが無かった。

 間に合うはずが無いのだ。

 私は、アニメの主人公でも、漫画に出てくる超人でも何でも無い。

 私は、ただの高校生なのだ。

 いくら手を伸ばしたからといって、いくらいつもより速く走ったって。

 人より速く動く生物を仕留められる物を、止められるはずが無いのだ。

 ああ、まただ。

 また。

 2つの人影が、ビクリ、と震える。

 直撃、脳天に穴が空く。

 そこから、大量の紅い液体が飛び散った。

 一瞬、花が咲いたみたいに見えて、でも、次の瞬間、2つの人影と共に下にボタボタ落ちていく。

 それが、見る見るうちに溜まって、水溜りみたいになる。


「―― もう1つの答えは、また今度。また会えたなら、答えましょう」


 後ろで何かが聞こえた。

 あぁ、もう、どうして?

 何でこんな事になるのだろう。

 どうしてまた、私の世界はこの色になるのだろう。

 悲鳴も何も無い分、一瞬がとてつもなく長く感じる。

 時間の感覚が麻痺していく。

 力が抜けて折られた膝は、ゆっくり、でも他の人と対して変わらない速さで落ちる。

 頬を温かなものが伝う。

 周りの音が聞こえない。

 悲鳴が無くとも、風の音はあるだろうに。

 あぁ、きっと、銃の音の所為で耳が変になってしまったのだ。

 どうりで、私の声も聞こえない。

 喉が潰れるほど泣いているのに。



 ―― それさえ聞こえないなんて


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