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青と赤の人

 自分でも長いと思います。9000字を越えたのは初めてかも。

 カフェ店内はしん、と静まり返っていた。聞けば、放課後と言う時間帯は、お客さんが来そうで来ないのだそうだ。掃除も無いし、待ち合わせも無いし、どこか寄りたい場所なんて無いので、私は今人の声が無いカフェの、お昼座っていた場所に座っている。

 恢さんは、今でもバイト感覚で働いているそうだ。恢さんがいない間は、要するにお客さんも来ない時間帯である事を教えてもらった。

 さりげなく葵から聞いたり、恢さんが何気無く口にしたり。そんなこんなで、この町に関する情報が入りこんでくる。こういうさりげない事、って話と話の途中で自然と入り込むから、水が地面にしみこむように自然と覚えていく。

「はい、お昼は急いでいて味、分からなかったでしょ。どうぞ、ストロベリーモンブラン。僕のおごりだから遠慮無く食べて良いよ」

「や、ほぼ初対面の人におごられて遠慮しない人、っています?」

「・・・・いないね。まぁ良いや。とりあえず、遠慮無く食べて良いよ」

「話聞いてました?!」

 恢さんはカラカラと笑った後、何の撤回も無しに奥へと引っ込んでしまった。まさか、このケーキを食べさせる為だけに呼び出されたわけじゃないよね?

 そう思っていると、店の奥から香ばしい香りが漂ってきた。料理の類ではない香りだけれども、とても、食欲をそそる香りとだけ言っておく。

 誰もが食欲を誘われるわけではない。それは知っている。でも、コーヒーの香りって良いよね。何処が、とかは分からないけれど、私にとっては食欲をそそる香りである事は間違いない。お腹が鳴ることは無くとも、そうなのだ。

 心地良い香りに夢見心地になろうとしたその時。


  ―― チリン ――


 ドアチャイムの音。

 今の時間帯、このカフェはお客があまり来ないだけで、来るには来る。この音は、そんな当然の事を私に教えてくれた。恢さんは決して、お客が来ないとは言っていないのだ。

「いらっしゃいませー」

 丸い木製のトレイと、ピカピカに磨かれたコーヒーカップとそのお皿を抱えて、恢さんが奥から顔を出した。その顔には営業スマイル。コーヒーカップ以上に、キラキラピカピカ輝いている。まるで、天高く煌く太陽のように。

 ところが、やってきたお客さんはその笑顔を無視した。

 妙に迫力のある目が私を見る。ボブヘアで赤毛の混じった茶髪の人。制服からして、この人も大学生だ。その所為だろうか、威厳というか、風格というか、そういった何かを感じる。殺気とも言えるレベルの危険を察知して、私は肩を竦めた。

 大学生の制服には、男女で別のイメージカラーが使われている。基本的に薄茶色のブレザー、灰色のスラックスかスカート。ソックスは派手でなければ何でもOKだ。

 上下共に、ブレザーであれば襟の縁取りが、スカートとスラックスであればチェック模様の色に、男子は青、女子は赤が使われている。今恢さんは白黒のウェイター姿なので男女の比較は出来ないが、背の違いはあるけど、何か、恢さんが年下のような気が・・・・。

「恢! すぐ帰ったと思ったら此処にいたのね! 一緒に帰ろうって約束したのは貴方じゃない!」

「いやいや、それは君じゃないか。しかも勝手に。クラスメイトだし、というか幼馴染だし、そこは許してよー、ね? 僕だって約束があったわけだし」

 クラスメイトでしたか。

「約束・・・・この子、高校生じゃない。しかも服が新品同様。まさか貴方年下が趣味なの? うわぁ、やらしいわね~」

 ん?

「ちょっと、僕の好みを勝手に作らないでくれる? そもそも僕は相手が了承もしていない約束事なんて、認めないからね」

 あれ?

「どうだかね。アンタまた紙飛行機でメッセージを送ったでしょ。この子もきっと、先輩命令で怯えながら来たに違いないわよ!」

 この2人って。

「失礼な! 僕は脅しなんて事、趣味じゃないよ! そろそろ帰ってくれないかな。お客様に迷惑かけられたら困るし」

 ・・・・。

「はぁ? アンタが私との約束を破ったからこうなったんでしょうが! ってうか、さっきから自分の事を僕、僕、って。うわぁ、何良い子ちゃん振ってるんだか」

「それは関係無いだろ! それに、君が考えているより僕は良い子だよ! 自分で言うのもなんだけども、毎日ちゃんと掃除とか食事作りとか裁縫とかやっているからね!」

「わ、わ、女々しい子発言来たわぁ~」

「何だと?!」

「・・・・あのぉ」

 グルン。勢い良く、2人の顔が私の方へ向いた。姿形は違うけど、鏡芸みたいに息ピッタリ。ただ幼馴染だから、というだけでは説明できないくらい親子以上に息が合っていて、見ているこちらが恥ずかしくなるぐらい、その、お似合いというか。

 まるでこの2人、夫婦喧嘩をしているみたいだった。

「あ、あ。ごめんね、藍菜ちゃん。その、変な所を見せちゃったね」

「いえ、大丈夫です」

 恢さんに負けないくらいの明るい営業スマイル。作れているかは鏡が無いので確認できないが、とりあえず県下は止められたみたい。良かった。

 というか、今度は私が放って置かれた事についてちょっとした言い争いが始まらないか心配だ。この人達って、私が前にいた町のとある新婚さんと似ている。幼馴染で結婚して、微笑ましいケンカを続けて、ついお客さんをお待たせする事が多かったあの人達と。

 あの人達も、よくお隣の私が遊びに行ってはケンカをして、私を退屈から解き放ったところまでは良いけども、その後の沈黙は結構な苦痛だった。

 だから。

「お2人ってかなり仲が良いみたいですけど、どれくらい前から一緒に?」

 あえて、ちょっと答えづらい問いを出す。必至になって答えを考え、そして出した答えからケンカの出口を導き出すというテクだ。

 恢さんは少し考えてから、口を開く。

「・・・・小さい頃病院で会ってから、かな」

「同じ病院で生まれた時から一緒、かぁ。生まれた時から、なんて珍しいですね」

「そうでも無いわよ?」

 全体的に真っ赤な炎を思わせる性格の女性の先輩は、私をじぃっと見つめながら話し始めた。

「この町、島の大きさの割には小さいから、病院は大きいけど1つしか無いの。まぁ小さい病院を建てても無駄だから、っていうのが大きいわね。大きな病院に医者が総動員しちゃうのよ。だからこの町の人で同じ誕生日同じ時間帯に生まれた、っていうのはそれほど珍しくないのよね」

「いや、いや、それだとちょっと意味が違うよ。俺って元は黄波だもん」

「え、そうだったの?」

 何か新事実発覚中。というか、いつの間にか、恢さんの一人称が『俺』に戻っている。結構徹底していた自分のイメージを崩れさせるほど、私を放って置いた事に対する罪悪感が強いのだろうか。

「俺は親の都合で、黄波で生まれた後、しばらくしてからコッチに来たの。君と会ったのは、君が4つ年下の友達に会いに来た時、風邪をこじらせて肺炎になった俺の病室と間違えた時だろ。確か8歳の時だよね。全然赤ん坊の頃じゃないから!」

 そう言いながら、恢さんはコーヒーを淹れている。律儀にこの人の分まで用意しているところを見ると、どうやらケンカ自体は丸く収まったみたい。良かったぁ。

 もしかしたら日常茶飯事なのかもしれない。昔からこう、というものは、どうしてもやめられないし、そもそもそれが当然の事なので、逆に変えたくない事が多い。むしろ変えてしまうと日常が非日常になってしまうかもしれない、という恐怖すらあるかも。

 あえて変えない。それが一番良い。その最終形態が『日常茶飯事』なのだから、その類のケンカはほどほどで周りが止めさせれば、まぁ、大丈夫だろう。

 間違えて、自分達も変わらないように。

「そう言えば紹介していなかったね。彼女は俺のクラスメイトで―古家里フルヤザト 朱華ハネズ―さん。朱華さん、って呼んだ方が良いよ。先輩だと怒るから」

「あー、あれ何かこそばゆいのよね」

 朱華さんはスカートであるにも拘らず、カウンターの傍にある、座っている部分がクルクル回るイスに、ドッカと座った。一瞬スカートが捲れて、思わず同姓である私も顔を背ける。一瞬、コーヒーを運んできた恢さんと目が合ってしまった。

 さりげない行動にするために、恢さんを素早くアイコンタクト。コーヒーがやってきて、私は普通の声で「あっ。ありがとうございます」と言えば、うん。自然。自然だよ。うん。

「はい、朱華にも。確かシュガー多めのミルクあり。だよね」

「ちょっと、藍菜ちゃん、だっけ? ミルクと砂糖の事聞き忘れているじゃない」

 意外にも恢さんが口走った私の名前を覚えていた朱華さんは、恢さんを睨みつけた。けど、それを何とも思っていないのか、恢さんは朱華さんに笑いかけた。

「藍菜ちゃんはブラック派だよ。ミルクも砂糖も入れない、ね」

 途端に、朱華さんが私を見る。

 あ、やっぱり迫力あるな、この人の目。

「恢、人を勘で判断するものじゃないわ。ちゃんと聞きなさい」

「いや、昼休み来た時、慣れた感じで『ブラックコーヒーお願いします』って言ったし。強制された感ゼロだったよ。じゃなきゃ完食なんて出来ないしさ」

 恢さんは淡々と述べつつ朱華さんの前にオレンジムースのケーキを出した。朱華さんが「ありがと」とさりげなく言って、恢さんもさりげなく笑う。

 いつも、こういうさりげない事が2人を仲直りさせていたに違いない。そして今の私みたいな、影でそうなるように、これまたさりげなく事を運ぶ人もいるのだろう。

 そしてコーヒーを口に含む。うん、このにがみと深みが良い。猫舌である事に気付かれているのか、ちょっと冷まされた状態のような気がする。何気無く飲んでしまったけれども、そんなに熱いと感じない、ぬるいわけでもない、適度な温度。

 ケーキも食べてみる。苺の甘酸っぱさとクリームの滑らかさが絶妙で、口の中で混ざり合った瞬間にまた別の美味しさが広がる。上に乗せられた苺と中に入れられていた苺は、どちらも酸味が強く、甘いクリームと相性が抜群だ。スポンジはしっとりふわふわ。チョコレートのにがみが強く、良いアクセントになっている一品だ。

 とても、学校の土地内で経営しているカフェの味とは思えないほど、美味しい。コーヒーと合わせると、お昼と同じくらいの速さで食べ終わってしまうほど、美味しかった。

 ただ一点、お昼と違って、味はしっかりと覚えている。

「このお店では1番人気のスイーツだよ。ちなみに、考案してくれたのは藤黄君。ジョーヌの宣伝を条件にアイデアもらったり、仕込みを手伝ってもらったり」

「藤黄君って、そんな事も?」

「まぁね。彼、心臓は弱くても菓子職人だから。一部ではお父さんより才能があるって言われているらしいよ。凄く美味しいからね、藤黄君のスイーツ」

 そういえば、よく自分の作ったスイーツを色々な人に配っている気がする。私ももらった事があるから、あのクッキーとかケーキが凄く美味しい事はよくよく知っているわ。

「まぁ、もっとも」

 ん?

「彼のお父さんが、九十九列島スイーツコンテスト6年連続優勝者だと知らない人の言葉だけどね」

 そんなのあったの?! というか6年連続って凄い・・・・のかな?

「あの人が参加したの、今年で7年目かな。まだ6回しか出ていないのに、全部優勝するなんて凄いよね!そういう王者の風格は全く無いけど」

「・・・・」

 藤黄君のお父さんって、そんなに凄い人だったの? あれ。前に声を聞いた時は、明るくて良い人だ、と思ったけど、同時にフワフワした人だったからなぁ。イマイチ想像出来ない。


  ―― チリン ――


「あ、いらっしゃいませ」

「・・・・ども」

 あ、この声。

 私は空になったコーヒーカップを置いて、背中の方向にあるカフェの出入口を見た。そこには、見事なまでに漆黒の髪と瞳を持つ、凛々しい顔付きの少年が。

「この時間に来るなんて珍しいね。いつもの?」

「・・・・うん」

 素直にコクリと頷いて、その少年・・・・紫苑君は、私の方を向いた。

 私に気付いたらしく、進んでいた足を一瞬止める、が、その後は何喰わぬ顔で朱華さんの隣へと座った。どうやら朱華さんが座っている席が元々指定席だったらしく、持ち前のつり眼で朱華さんを睨みつけた。

「何よ、生意気少年。遅れた貴方が悪いわよ」

「・・・・掃除があった」

 そう言えば、紫苑君ってトイレ掃除の班だったっけ。

「紫苑君も、此処のスイーツが目当て?」

「・・・・それが?」

「え、や、別に・・・・」

 いかにも不機嫌そうな声色に気圧されて、語尾が段々と力を失っていく。朱華さんに負けず劣らず、迫力のある同年齢の少年が私に背を向けると、何処と無く空気が軽くなった気がした。

「こぉら、生意気少年。レディにはもうちょっと優しく出来ないのか。まずはその目をやめろ。怖いから。もうちょっとあのラベンダー君みたいに出来ないのかねー」

「ちょっと朱華? 博士君に無理強いしちゃダメだよ。博士君は青い子の10分の1も感情表現が下手だし緑の子より100分の1もはしゃがないし」

 わぁ、謎の発言連発。

 えぇと、話の内容からして、生意気少年と博士君が紫苑君でしょ。青い子ってまさかとは思うけど葵だろうか。その路線で行くと緑の子っていうのは・・・・みどり、っていう名前の子かな? で、ラベンダー君・・・・は、えぇと・・・・?

「ラベンダーは紫音」

「え」

 紫苑君からの一言。ラベンダー君は紫音。・・・・そうなの?

「紫音の家、ラベンダーの匂いが充満しているから」

「あ、そう、なの・・・・?」

「うん」

 素直にコクリと頷く紫苑君。

 ・・・・。

 紫苑君って、紫音と同じくかなりの素直ちゃん?

「うん、此処のオレンジムース良いわね。ご馳走様。あ、勘定此処に置いておくから。じゃね」

「また来てねー」

 紫苑君が注文したのだろう飲み物を淹れ終わった恢さんが手を振ると、後ろ姿の朱華さんも合わせて手を振る。鏡とかないのに、相手が手を振っているって分かるのは凄いと思う。

 横で、白い湯気を立てる飲み物。そこからフルーティな香りが鼻をくすぐった。多分、先程恢さんが淹れ終わったものだ。これは明らかにコーヒーとは違う。紅茶、かな。

「レモンティー」

 ・・・・だ、そうです。

 というか、さっきから私の心を読んでいませんか、紫苑君。

「ただ単に、藍菜が分かりやすいだけ」

「・・・・あ、そぉ」

「恢さん。あれも」

「ちょうど切れているから、作ってくるよ。5分くらいあればすぐ」

「10分でも良いよ」

「・・・・! 分かった。ゆっくり作ってくる」

 何か納得したような表情で、恢さんは店の奥に引っ込んだ。何だろう、楽しそうとも、悲しそうともとれない感じだった。紫苑君、何をする気だろう。

 と、恢さんが何をしに行ったのか、という問題について考えていた所為で、目の前に誰かが来たのに気付けなかった。カチャリ、と、ティーカップとそのお皿が、私の座っている席の反対側で音を鳴らしたのだ。互いにぶつかり合った音。私はハッとなって、正面に向き直る。


 いつのまにか、紫苑君が座っていた。


「なっ、えっ?」

「とりあえず落ち着け。1分だけ時間をあげるから」

 1分?!

 ちょ、ちょっと待って、あ、待っているのか。

 えぇと、えぇと。

 とりあえず深呼吸?

 すー、はー、すー・・・・、はー・・・・、すぅー・・・・、はぁー・・・・。

 ・・・・・・・・。

 よし。

「も、大丈夫」

「予定より30秒短い。うん、さすが」

 何で褒められたのだろうか。

「藍菜、紫音の事で何かあった?」

「単刀直入だね?!」

「色々な社交儀礼は面倒臭い」

 ティーカップから薄切りのレモンを取り出して、レモンティーを口に含む。ふぅ、と溜め息にも似た感じで一息つくと、紫苑君はじっと私を見つめた。

 前から思っていたけれど、やはり彼は紫音と瓜二つの容姿である。漆黒の髪と瞳。整った顔つき。無表情であれば見分けがつかないほど、彼等は似ているのだ。これで双子ではないというから驚き。声のトーンが違うだけで、声質そのものまで同じなのである。

 授業中ノートも取らず寝てばかりいる点や、コーヒーに入れる角砂糖が3つ(葵の情報)という点など。互いに示し合わせているのではないかと思うぐらい、似ている。

「紫音と俺は一応血縁だよ」

「だから何で私の心が読めるの?!」

「だから、分かりやすいだけだよ。君の表情が読みやすすぎるとも言う」

 思わずテーブルを思い切り叩いてしまったけれど、大きな音にも微動だにしない。紫苑君って本当、物静かな、いや、超が付くほどの冷静な人だよね。

「俺の父さんと紫音の父さんが双子、俺の母さんと紫音のお父さんが幼馴染。初恋からの結婚夫婦だって。毎日よくあれだけベタベタ出来るよね・・・・」

 そう言うと、紫苑君は溜め息を漏らす。紫苑君の両親ってそんなにベタベタしている人達なのだろうか。とてもこの紫苑君からは想像出来ない。だって、そんなラブラブな人たちの間に挟まれているのだから、どうしたってこんなくら・・・・冷静な人って出来ないはずだもの。

「毎日メール20通っておかしくない? 同じ職場で同じ部屋で隣の席同士で働かせてもらっているのに、どうしてメールの数が増えるかな・・・・」

 ・・・・メールの数だけでラブラブかどうかを判断しているみたい。

 私の思っているラブラブな夫婦画像とは違う気がするなぁ?

「で、紫音と何があったの?」

「脈絡無いね?!」

 再び両手をテーブルに叩きつける。やはり紫苑君は微動だにせず、テーブルの上にある食器が音を立てるだけだった。

 紫苑君は終始無表情で、本当、何を考えているのか分からない。私は分かりやすいって言われたけども、とりあえず、紫苑君より表情が読みにくい人はいないという事が分かった。

「えぇ、と、実は」

「紫音が君と話さない事について、の確率が95%」

「・・・・」

「ちなみにあとの5%は、どうやって葵に、自分が既に紫音の事を諦めている事を伝えるか。そして藍菜が黙り込んだ場合、大抵黙る前の事は間違い。結果的に5%の方が当たり。違う?」

 分かっているなら勝手に話を進めても良いのではないでしょうか。

「まぁ、それは俺から話しておく。いつもどおりの調子でね。そうすれば藍菜から話された事は隠せる。君も実は自分から言うタイミングが掴めなかった。そうだろ。葵って他の人よりあらゆるタイミングが微妙にずれているから、その手のプロでも読みづらい」

 そう言いつつ、カウンターの席へ。って、移動するの早い! かなり滑らかな動き・・・・さっき気付かなかった要因に、これもあるのかもしれない。

 というか、何で再びそっちに? そもそも、どうして私の前に来たのだろうか。

 ・・・・。謎。

「―― はい、遅れたお詫びにチーズケーキと、例のもの。じゃん、特製リンゴジュース。ゼリー入りでストローね。ゆっくりしていってー」

「・・・・いや」

「いや?!」

「ごめん、恢さん。ちょっと急ぎの用事が出来てね。急いで食べなきゃ」

 特に急いでいるような素振りはなく、声の調子はいつもどおり。でも言葉どおり、音は立てずにレモンティーを飲み干し、素早くチーズケーキを口に放り込んでいく。ケーキとジュースを交互に食べて飲み、最後の一口はジュース。

「・・・・ご馳走様」

 あれだけ噛んでいるモーションがあったにも拘らず、脅威の3分未満。

「じゃあね」

「えっ、あ。うん。また明日」

 さっさと食べ終えてさっさと帰ってしまう紫苑君は、変わらない無表情で私に小さく手を振った。紫苑君は決して無口ではないし、何に対しても無関心というわけではない。けど、何だろう、この違和感。普段はあまり話さないからだろうか、紫苑君の冷静な性格と明るいモーションにギャップがあるのだ。

 そう言えば、まともじゃなくても、紫苑君と話したのは入学式以来だ。あれを話した、と捉えるならば、そうなるだろう。

 そしてドアのチャイムが鳴って、恢さんが「また来てねー」と軽い調子で言ったのとほぼ同時。

 ECTから聞き覚えの無いアラームが鳴り響いた。

「ふぇっ?」

「あれ、着信未設定のアラームだ。誰からだい?」

 慌ててECTの画面を操作する。そう言えば、これを作ったのって紫苑君だったよね。科学者とは思えないほど面倒臭がりだけど、一応、天才なんだよね・・・・。


『 藍菜へ 』

    急なメールですまない。

    とりあえずメルアド登録してください。

    今まで葵を介して近況報告をもらっていたけど、直接の方が何かと便利だし。


「何て?」

「メルアド登録のお願いです。・・・・紫苑君から」

「え、博士君のメルアド登録していなかったの? それ試作モデルでしょ。今までどうしていたのかな・・・・あ、そっか。青い子を通していたのか、なるほどー」

 青い子は葵に確定。

 恢さんは食器を片付けて、今度は洗い始める。

 ・・・・。

 ・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・。

 気まずい。

「会話のネタが無くなっちゃったねー。どうやら博士君のおかげでお悩みはすっかり消えちゃったみたいだし、藍菜ちゃん、凄くスッキリしたみたいだしー」

「あ。は、はい。えへへ」

「そうだ、どうせなら新作のケーキ、試食してみてくれない? 先生方には結構評判が良いみたいだけど、どうしても高校生とかで試食してくれる人が見つからなくて」

 あ、意外。恢さんのルックスなら、若い子達が普通に寄って来そうなのに。

 まさか朱華さんがいるから、とかそういう理由かな? それなら納得だ。ケンカばかりしているけれど、本当に仲が良さそうだもの。

「良いですよ」

「良かったー」

 素早く奥に引っ込んで、素早くケーキを持って戻ってくる。

「いやぁ、まともな意見を聞かせてくれる子がいなくてねー」

「え」

「青い子ちゃんはああ見えて質より量のタイプ。夕暮れちゃんはその、こう言っちゃ何だけど、舌の感覚が常人を越えているからね」

 夕暮れちゃん・・・・あぁ、茜ちゃんかな。

 え、茜ちゃんって舌の感覚が常人を越えて・・・・つまり、変って事かな。え、意外だ。

 四季貴族って呼ばれるほどの資産家の令嬢だから、てっきり舌はこえているものばかり思っていたけど。見た目では分からないって本当だね。

 で、出されたケーキだけど・・・・。

 レモンの香りが広がる、黄色くて丸い形のケーキ。ツヤツヤしているのは、飴、じゃなくて、ゼリーだ。黄色いのはレモンのムースかな。紅茶味のスフレが中に入っていて、レモンティーみたいな感覚で食べられるみたい。

 うん、美味しい!

「お、美味しいです。レモンの香りと紅茶のスフレが合わさって・・・・はぅ」

「それは良かった。あ、コーヒーもう一杯要る?」

「はい!」

 此処から先はまだ用意していないので、出来次第アップしていきますー。

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