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いたって普通の始まり方

「ひまぁ・・・・」

 ガタゴトと揺れる部屋の中。私は据え付けられたテーブルに頬をくっつけて、柔らかい感触の、これまた据え付けられているソファに座り込んでいる。

 たった今発した言葉から分かるように、私は今、とてつもなく退屈だ。それはもう、眠る事にすら飽きを感じるほどに。とはいえ、まだ『出発』してから3時間しか経っていないのだから、眠る、という行為はまだしていないのだけれども。

 今、広大な海の上に架けられた、橋の上を走る汽車が3つ目の駅を通り過ぎた。つまり、1つの島につき1時間の移動時間を必要としている、という事。

 目線を左に向けると、数秒の間、駅の向こう側にあった懐かしい雰囲気のある町並みが見える。そしてその後に見え始めたのは、これからしばらく変わる事の無い、見渡す限り蒼一色の景色。

 上は見事な晴天の空。下には、小さな白い波の見える海。透明度は高いのだろうけれど、10mも離れていると、小魚は見えなかった。見えるのは、それなりに大きい魚の影と、その魚が隠れる為の大きな岩ぐらいのものだ。

 3時間前は、これを見るだけでも楽しかったのだけれど・・・・さすがにその景色が変わらなければ、感動は薄れきってしまっていた。

 携帯電話にはゲームが何種類か登録されている。けど、肝心の本体に電源が入らなければ、遊ぶ事は出来ない。壊れたのではなく、ただ単に充電が切れただけ、と分かった時はホッとした。充電器を忘れたという事がなければ、そのままほんの少し待つだけで状況は変わっていただろう。

 充電器を忘れたからといって、待つという状況が変わるわけではない。ただ、待つ時間に差がある。充電器があれば、30分足らずで充電が完了し、フル稼働させても4~5時間は使う事が出来る。

 一方、この携帯電話には、最先端技術として、発電機能がある。ソーラーパネルに似た技術を使用しているとかで、太陽光から僅かな星の光まで、つまりは光があれば発電出来るらしいのだ。

 太陽光であれば、充電器を使った時と同じくらいの速度で充電が完了する。けど、ここは直射日光が入らないように設計されている所為で、遅い。廊下はクーラーの利いた窓の無い作りになっているし、この部屋だって、日光が入らないような方向に窓があるのだ。

 いくらこの携帯電話が、2ヶ月ほど前に発売されたばかりの最先端技術が詰め込まれた新種の携帯電話と言っても、このような状況には対応できないだろう。

 最新型の携帯電話・・・・『 Eternal Connect Thinker 』・・・・通称ECT。永遠に繋がり、考える者。そう名付けられた理由は知らない。

 その情報の処理速度、画質は、従来の携帯電話を凌駕している。専門の知識が無い私でも、インターネットに繋がる速さが、一貫して1秒以下である事には驚かされた。

 けれど、とりあえず、私のこれは、ある意味特別な機体である事を私は知っている。

 これは、遠くで暮らしている友人から郵便で届いた、レア中のレアもの。

 市販されているのは、シリアルナンバー、つまり作られた番号が51以降のもの。

 シリアルナンバー1~50までは、開発者の友人やその知り合いに、いわゆる『おためし』で配布されていたらしい。

 シリアルナンバー0というのも在るらしいけれど、それは開発者本人が使用しているそうだ。

 そして、今私が握っているこれは、なんと・・・・。


 ―― シリアルナンバーが記載されていない完全な試作品だ


 試作品とは名ばかりの、製品化された物と全く同じ機能、速度を誇っている。試作段階で壊れた箇所があるかどうかを調べるために3台作ったらしいけれど、これは、その内の1つ。

 製品として発売されるよりも、1ヶ月前に手に入れた。別に使っている感触を確かめてくれ、という要望は来なかったので、事実上、ペナルティ無しでの入手。これまで使っていた携帯電話のデータは移したし、今の所、何の不具合も無い。

 欠点があるとすれば、このECTではなく、全くこれを使いこなせていない自分にある。

 今回だってそうだ。充電し忘れる事なんて、前の携帯電話では起こらなかった。ひとえに、私のECTに対する過剰評価が原因なのだ。

 あくまでも、向上しているのは『あらゆるデータの処理速度』と『新技術による画質』と『充電機能の超大幅改善』である。

 『あらゆるデータの処理速度』は、従来の携帯端末『スマフォ』よりも、インターネットとの接続強化、及びゼロコンマ1秒以下での画像呼び出しなど。系統は違うけど、通話をする時のあの、相手を探している時の音が鳴らないというのも利点だ。

 次に『新技術による画質』だが、これも従来の物の2倍から3倍は向上しているらしい。ただでさえ、目を凝らせば画像がドット絵に見えるなどという事が無い従来の物よりも、画質が向上しているのだ。ゲームクリエイター達は、こぞってより鮮明な絵を描いている。

 『充電機能の超大幅改善』とは、あくまでも充電が終わるまでの時間短縮と、それに比例して充電される電池容量の改良の事。どの程度改良されたかは忘れたけれど、確か少ない電力でも効率良く機能させる、とか。CMの受け売りだから、やはり、よく分からない。

「はぁ・・・・」

 分からない、というのは、複雑な感情を大きく、本当に大きくまとめた言葉だ。曖昧な表現だが、人の心を的確に表す事の出来る言葉。

 据え付けられたテーブルに置かれている、既に冷めてしまった紅茶の入ったカップとティーポットを端へ寄せ、そのままテーブルに突っ伏した。木の模様を残したテーブルは、頬をつけると冷たくて、とても心地が良い。

「・・・・寝ようかな」

 実際、眠っていないのだから寝飽きているという事は無い、はず。今頃になってそう思い直し、部屋の、廊下に出る扉の近くにある扉へ向かう。横に押して開ける、障子タイプの扉を開けた。

 そのまま、簡易ベッドに向かおうとした時。


  ―― コン コン コン ――


 廊下へ続く扉が、ノックされた。

 私は思わず、ドキリ、と心臓を高鳴らせる。

 無論、それまで何も無かったために、突然の出来事に対する心の準備が出来ていなかったからだ。

 私は、後ろの方へと目をやった。

 ノックは、3回鳴ってから聞こえてこない。もしかして切符の確認かな、とか思ったけれど、どことなく違う気がしてしまった。

「は、はい・・・・っ」

 多少上ずってしまった声。それに幾分かの気恥ずかしさを覚えたけれど、まぁ、顔が見えていないのだから、顔が赤くなっていても関係ない。このままドア越しで終わらないだろうか。

『あの、えぇと・・・・ここは「アイナ」さんの部屋で合っていますか?』

 その若々しい男声の言葉で、扉の向こうにいる人が駅員さんではない事を知る。

 駅員さんであれば、私―紅紫コウシ 藍菜アイナ―の苗字で、部屋の中にいる人間を確認するはずだ。それに駅員さんならば、言葉の最後に用件を伝えるはずだと考えたのだ。

「そうですが・・・・何でしょうか」

 今度は冷静に言う事が出来た。向こう側にいるのが、少なくとも、経験の少ない駅員さんか、もしくは私と同じ乗客の人だと分かったからかもしれない。

『あ、その。ちょっとお尋ねしたい事がありまして』

 頼りなさげな声色に、私はすっかり安心してしまう。安心というか、本当、完全に冷静さを取り戻した。おかげで、先程まであった顔の熱さも抜けて、今なら、どんな人とでもそつなく会話がこなせそうだとさえ思ってしまった。

 だから、私は、非力な女性にはほんの少し重い扉を、横にスライドした。

「あ。こ、こんに・・・・初めまして」

 こんにちは、を言い直した彼は、思ったよりも背が低かった。低いと言っても、私よりは高い。

「こちらこそ、初めまして・・・・って、あれ?」

 そして何気無い挨拶を交わした後、ふと気付いたのは、彼の着ている服。

「もしかして、貴方も『新入生』なの?」

「えっ、あっ。うん。君も?」

 ホッとしたような笑みを浮かべる彼は、テーラードカラーで紺色のブレザーに、灰色に紺と水色の細かいチェック模様が入ったスラックス。水色のワイシャツにスラックスと同じデザインのネクタイ。靴は普通の白に赤い線の入ったスニーカー。こ、この制服は・・・・。

「それ、青桐高校アオギリコウコウの制服だよね。胸ポケットの刺繍の縁に使われている糸が緑だから、同じ、今年の入学生って事かぁ」

「あ。そうなの?」

 同じ年、と判明して、改めて彼を見る。幼さの抜けていない、童顔とまでは行かないけど幼い顔付き。目がそれなりに大きい。そして私よりは高いけれど、それでも低い方だと思える身長。これからが成長期なのだろうか。

 そして、声。ドア越しでも思ったけど、まだまだ変声期を迎えていないような、男性にしては高い声だ。まだ合唱で、女声の歌うアルトやソプラノの音を難無く歌い上げられるだろう。

「―― あっ」

 それまでホッとしたようにニコニコしていた彼は、急にハッとなった。

「自己紹介忘れてた! 僕の名前は―紫黒シコク 空音ソラネ―です。えぇっと、紫と黒でシコク。空の音でソラネです」

 そう言うと、空音君は深々とお辞儀をする。礼儀正しい素直な人、という印象が強い。ただ、声と容姿の所為なのか、思わず「人」の部分を「子」と言ってしまいそうになった。

 心の声だったので、別に言ってしまっても聞かれないけど。

「私は紅紫 藍菜。真紅の紅に紫でコウシ。藍色の藍に菜の花の菜で、アイナって読むの。よろしく」

 そう言って、私も空音君と同じくらい深くお辞儀をした。僅か2、3秒の間床を見つめて姿勢を戻すと、空音君は先程よりも更に輝くような笑みを見せてくれる。

「僕、さっきの駅でこの汽車に乗ったんだ。で、僕以外にも虹尾島ニジオジマに行く人がいる、って、車掌さんが言ってくれて。良かった。同じ年の、同じ学校に通う人が一緒にいると思うと、不安とか、こんなにスッキリ無くなるものなんだね」

「う、うん。そうだね?」

 正直、彼の感じている「こんなに」の度合いは分からない。会ったばかり、というのは勿論、私自身それほど緊張しない性格だからというのもある。初対面の人に共感を求めるのは、悪い事ではないし間違ってもいないけれど、ムチャだ。

 でも、そんな事を考えていると、胸の奥が温かい気持ちになっている事に気が付いた。もしかすると、私も安心感を覚えているのかも。

 ・・・・前言撤回。私も、それなりに緊張する性格のようです。

「えぇと、とりあえず、中、入る?」

 そんな私が、何気無く発した声に、空音君は驚いた表情で口を開く。

「え、良いの?」

 頷いた後、私は少し後悔した。

 汽車の中とはいえ、ここは私の部屋だ。そこに、まだ知り合いというか、出会ってから2分も経っていない関係の人。しかも男性を入れるなんて。

 ・・・・後悔先に立たず、ということわざが、気休めでもなんでもなく、脳裏をよぎった。



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