でこぼこ
撃沈。
完敗ともいう。
『ねぇねぇ、紫音君さぁ、好きな人いるの?』
『あ、葵、そういうのはプライベートで・・・・』
『いるよ』
『『?!』』
と、こんな風に、即答されてしまったのだ。からかうべき部分を間違えたか、なんて葵は悔しがっていたけれど、私にしてみれば紫音をからかう事自体間違っていると思う。
紫音っていう人は、どうも私達の一手先、その先の先まで見通しているようなのだ。あらゆるパターンの攻撃(という名のお喋り)を想定しているのか、どんな回答にも笑顔か無表情で即答されてしまう。しかもイエス、ノーだけではなく、具体的な回答を用意しているみたいだった。
先程の会話は、葵曰く『紫音とお喋りしてみよう大作戦ナンバー48』だったのだけれど、この後更に葵が問い詰め、好きな子の名前まで聞いてみると。
『同じクラスの林 茂南さん』
と、恥ずかしげも無く即答されてしまったのだ。
此処まで来ると、紫音って冷静とか想像力豊か、という言葉よりも、もう、凄いとしか言えなくなってしまう。どうやっても即答かつ具体的な答えが返ってくる上に、その回答に矛盾が無く、ただ単に想定しているだけじゃなくて、本当に、素直である事をうかがわせる。
・・・・。
「ねぇ、葵」
「何、藍菜ちゃん」
昼休み。少々イラつきモードの葵と共に、青桐高校や青桐中学校校舎など、校舎という校舎に囲まれた、1つのカフェに来ていた。
小食の生徒や既に食事を済ませた教員、スイーツ目当ての女子生徒が活用する、学園敷地内唯一のカフェである。ジョーヌのケーキも最高だけれど、気兼ね無く生徒同士のお茶会的な雰囲気になれる此処も素適。お気に入りの場所の1つだ。
ちなみに、私達は小食でなければ教員でも無い。更にスイーツ目的でもなく、ただ単にお菓子と静かな所を提供してくれる場所が此処だった、というだけだ。
「紫音ってさ、本当に素直というか、正直者なの?」
「そうだけど、それがどうかしたの?」
「何で私と話してくれないのか、直接聞いた方が早いと思って」
「・・・・・・・・」
葵は、真っ白な生クリームとポッテリとした苺のムースが美味しいタルトを一口。もぐもぐ、ごっくん。ふぅ、と溜め息を漏らした。
「そうも行かないから、困るのよ」
今度は呆れたような表情で、もう一口。むぐむぐ、ごくん。ペロリ、舌なめずり。シンプルな黄色のお皿の上に、タルトを乗せた白い半透明の紙。タルトを食べる為の金色のフォーク、その先端を天井に向けて、葵は更に溜め息を漏らした。
「良い? 確かに紫音君って機嫌の良い時は明るくて優しくて温厚なイメージがあるよ? でも怒った時とか今みたいに不機嫌な時は、どんな事をしても人当たりの良い作り笑いとどんな事にも動じない図太さと、あとどんなに仲の良い人間でもどんなに嫌いな人間でも等しく! 平等に! 自然と色々スルーされるの!今どうしてそうなっているのかは不明だけれども、少なくとも藤黄君のお見舞いの時から始まっていたのは確かなのよね!」
残りのタルトに金色のフォークがグサリ。勢い余ってお皿の金属部分までフォークが届き、鈍い音が聞こえる。これ、相当イラついて、というか怒っている、よね。
「え、えぇっとぉ」
「つまりよ!」
「は、はいっ」
大きめに切り分けたタルトを頬張る葵の大声に、背筋をピンと伸ばす。
「今の紫音君には、機嫌の良くなる事を言ってあげなきゃダメなの! 紫音君の家族なんて毎日いないのと同意だから期待できない。じゃあ誰がやるの? 私達しかいないでしょう!」
「そ、そだね・・・・」
そうなのだろうか。藤黄君とか、藤黄君とか、藤黄君とか、いると思う。あ、でも、どうにもならないから放置している可能性はあるのか。
胸の辺りで握り拳を作る葵。いかにもヤル気に満ちた瞳。メラメラ、ギラギラ、そんな擬音語が当てはまるくらい、今の葵の瞳は輝いている。勿論、良くは無い方向で。
紫音もそうだけど、何とか葵の機嫌も直したいところだ。
「・・・・あ、タルト無くなっちゃった。おぅい、若マスターさん。追加で」
「わ、わかますたぁ?」
「あれ、知らない? って、あー、ここまだ案内していなかったよね。此処ね、商店街の方にある凄く渋いお店の二号店なのよ。で、本店でアルバイトをしていた此処の学生が見込まれて、運営を任されちゃった、というわけ。あ、勿論大学生さんだよ?」
大学生でお店の運営って、出来るのだろうか。そもそも、やって良いのだろうか。
「先生公認だから良いと思うけどね」
先生公認?! いやいや普通は止めるでしょ?!
「まぁ、若マスターさんって良い人だからね。色々な意味で」
良い人とかって関係あるの?! というかさっきからよく私の思考が読めるね?!
「うん、一旦落ち着こうか。声に出ているのも分からないぐらい混乱しているみたいだし」
「え・・・・」
葵は微笑んでいる。いつの間にか、葵は先程まで愚痴っていた時のイラついた表情ではなく、いつもどおりの穏やかな表情に戻っていた。
そしてそれをゆっくりと確認すると、私はおそるおそる辺りを見渡してみる。他に来ていたお客の生徒が見事にこちらを見ているのだ。驚いた顔、面白い物を見付けた顔、呆然とする顔。人が少ないゆえに、声が響いていたらしい。
段々と、というか、もう、顔が熱くなってしまう。顔が赤くなっているのは、鏡を見なくても、もう、火を見るより明らかなのだ。
恥ずかしい・・・・っ。
「―― まぁまぁ、これでも食べて落ち着いて。はい、ストロベリーモンブラン」
うつむいていた私の目の前に、甘酸っぱい香りの広がる何かが置かれる。とても明るくて、でも変声期はとうに終えた男性の声。
顔を上げると、そこにはピンク色のクリームで飾られたモンブランがあった。キラキラと輝く粉のような何かが散りばめられ、チョコレート生地の傍には紫色のベリーソースが添えられている。飾られたクリームの頂点にはヘタの取られた苺が乗せられていて・・・・。
思わず呆けてしまうほど、かわいくて、美しい見た目だった。
「あ、ありがとうございます・・・・」
「良かった、気に入ってくれたみたいで。はい、ショートケーキの追加。あと10分で予鈴が鳴るから急いだ方が良いよ?」
背が高くて全体的に細いシルエットのウェイターさんが、営業用とは思えない爽やかな笑顔を浮かべている。輝くような笑み、という表現があるけれども、これは、そう、笑顔が輝いている、という表現が合っているかも知れない。
青いメガネをかけているウェイターさんは、葵の前にも苺のショートケーキを置くと、さっさと奥の方へ行ってしまった。バイトの人だろうか?
「藍菜ちゃん、今のが若マスターさんね」
「えっ」
「あはは、やっぱり驚いたね~」
みんなが若マスターと呼ぶ意味が分かった。凄く渋いお店でアルバイトをしていた、って聞いていたからもっと老けた容姿なのかと思っていたけど、全然違う。青春真っ盛りの爽やか青年というイメージが強い、そんな人だった!
「昔からそうなの。子供の頃から女の子には困らない人で、名前は―細蔵 恢―さん。一応大学1年生ね」
とりあえず、大学生には見えない。雰囲気はもう大人。でも体格とか顔立ちをよく見ると、まだ高校生っぽい。うん、どちらにしても大学生には見えない。
「何か失礼な事を考えているみたいだけど、早く食べよ? 予鈴鳴ってからだと、走らなきゃ間に合わないよね。確か次って選択・・・・私も藍菜ちゃんも美術で、えぇと、うん。移動教室だよね」
美術って普通に移動教室じゃなかろうか。
まぁ、急がないと、っていうのは同感。早く食べ終わらないといけないのも分かる。そしてデザートの後に走る行為がどれだけ苦しいのかを、私は知っている。
そうして、私はストロベリーモンブランが凄く美味しい事しか分からないまま、2人で急いで美術室へと向かうのだった。
◇ ◆ ◇
美術室には、高校生になった時、音楽、美術、書道の3つの芸術科目から、美術を選らんだ1学年生徒が集まっている。私も美術を選択したので、葵の隣で描いたり、切ったり、貼り付けたり。今日は高校の美術教師が体調不良でお休みなので、どういう訳か中学校から教師が来ている。
オマケに、これまたどういう訳か大学生の人が数人来ている。何か、カオス。
というのも、ちょっと先生が、ねぇ・・・・。
いや、別に批判しているわけではありませんよ? 決して、そういうわけではない。うん。
で、でも、この先生。
・・・・。
どう見ても、小さいよね。うん。
小学校の3年生ぐらいの背丈。大人びていて落ち着いた声色を除けば、他は全部、その、小さいのだ。
薄いピンク色の長袖ワンピース、黒いタイツ、白いスニーカーらしき靴。トゥシューズにも見えてしまうその靴で、教室中をパタパタと動き回る少女・・・・のような先生は、現在、出席確認中である。
「―― えぇっと~。紅紫 藍菜ちゃん、で良いですか~?」
「あ、は、はいっ」
間延びした声は、どことない安心感を誘う。歩く姿も小さい子にしか見えないから、この人が教室に入って来た時、思わず「何で此処に小学生が?」と思ってしまった。見た目からして社会見学に来た子供、というイメージが、中身とのギャップを激しくする。
「では、自己紹介からですね~。私は中学校で美術を担当しています―細蔵 美実―といいます~。今年別の島や町から来た子は知らないでしょうが~、みんなからは親しみを込めてミミちゃんと呼ばれていますよ~」
教室のあちこちから「よっ、ミミちゃん!」とか「また会えたね~!」などの、男女関係無く様々な声が飛び交う。相当好かれているらしい。
ミミ先生はトコトコ歩きながら、画用紙と色鉛筆を配り始める。この感じだと結構時間掛かりそうだな、なんて思っていると、控えていた大学生の人達が、ミミ先生のお手伝いをし始めた。どうやら、あの人達はお手伝いさん的な人達だったみたい?
「違うよ?」
と、途端に右隣から否定される。
「ただ単に、大学の先生もお休みだし美術の時間が向こうと丸被りしているから、数人のお気に入り生徒はこっちで指導して、あとは勝手に自習タイム、ってこと」
「此処の大学には専門学科と普通学科の二種類あるからね。はい、画用紙と色鉛筆」
「あ、どうも・・・・って、恢さん?!」
「やぁ」
いつの間にか、左隣に大学生用らしい制服を身に纏う青年、もとい恢さんが佇んでいた。別れてからまだ10分と経っていないのだが、お店を一旦閉めてから大学に戻って、それからこの教室に来たのだろうが、どうがんばっても時間内に辿り着けるような距離ではないと思う。
私と葵は、筆記用具を取りに5階の教室まで戻って、走って教室に着いたのがチャイムギリギリ。そして私達が着く前からミミ先生と大学生の人達は来ていたのを覚えている。
「どうやって此処に・・・・?」
フル回転させた脳は、1秒も掛からずその問を私の口から外に放り出した。これは「ちょっと考えれば、すぐに分かる問題」ではないと考えたのだ。
同じ校舎だったから私達は間に合った。けど、あのカフェ(名前は確かクレープだった)は学校が四角いエリアに密集している中で、ちょうど中央に配置されている。そのカフェを中心として、西の方向に高校、高校の南に小学校、北側に中学校。カフェの北東に幼稚園や養護学級と呼ばれる施設、南東に大学といった配置になっていたはず。
幼稚園などを除く学校は、基本的に、新入生であればあるほど上の階に自分の教室があるらしい。大学も例に違わないと聞いているし、恢さんは1年生。そして大学は此処より高い6階に教室があるらしい。
うん。
どう考えても、時間内に来るのは不可能ですよね?!
「いやぁ、がんばりました!」
「がんばって出来るものですか、それっ?!」
グッドサインを胸に掲げる恢さんに、思わずつっこんでしまう。いや、そもそもつっこんでどうにかなる事じゃないのはよく分かるけどね?!
「藍菜ちゃん、気持ちは分かるけど、この人の身体能力を他の人と同じように見ちゃダメだよ? 他の誰よりも細いくせに、化け物じみた跳躍力とか頭の回転とかしているから」
「葵ちゃん、その言葉は傷付くよ・・・・?」
葵の少々デリカシーにかける発言は、思ったよりもダメージが大きかったらしい。恢さんは机の上に腕枕を作って、そこに突っ伏した。当然、私の目の前で、だ。
目線が私よりも若干下になって、何処と無く同い年の人に感じる親近感が沸く。身体の線が細くて、制服姿で、ちょっと女々しいからだろうか? 男性というより男の子、じゃないか。何だろう。顔も、よくよく見ると幼さが抜け切れていないのだ。
しゃがんで、くまれた腕枕に顔を埋めたまま、目がそこから出ている。そしてその視線は私に向けられていて、つい目線が合ってしまう。
うん、やっぱりこの人、童顔とまでは行かないけど、幼さがまだ残った顔をしている。何処が・・・・とかは分からないけれど、そう、何処と無く。そんな感じ。
「それにさぁ」
目線が合って、すぐさま恢さんは私から目を逸らす。それから、慌てていないように話し始めた。まぁ、隠しきれてはいないけれど。
この人、見つめられるのが苦手な人だ。
「僕以上に身体能力が高い人はいるよ? あ、ほら、あそこの藤黄君とか、紫音君とかさぁ」
言われて、後ろを振り返る。いつの間にか教室は騒がしくなっていて、ある程度の声量は掻き消されるくらいの声が飛び交っていた。
その教室の、奥。この学校の中では珍しく、美術教室は机とイスは他と同じで2人から3人で横に並べる長さがあり、しかしみんなの頭の位置が、ほぼ一定の高さに保たれている。
机は横に3つ、縦に8つ配置されており、私達は黒板から見て左の列、前から3番目の席に座っていた。一方、同じ美術を選択していた藤黄君と紫音は、同じ列の後ろから2番目の席に座っている。なにやら楽しそうに話しているけれど、内容は聞き取れない。
今、恢さんは自分以上に身体能力が高い人にあの2人を指名した。ただ、あの2人って体育サボりの常習犯だから、あまりイメージがわかないけれど。
・・・・って、あれ?
「藤黄君って、心臓弱かったような」
「あー、うん。まぁね~」
右隣の葵が、バツの悪そうな顔をしている。あれ、私は何かをやらかしたでしょうか。して、ないよね?
「あんまりイメージわかないと思うけど、藤黄君って心臓が弱いってだけで、動かないわけじゃないのよ。えぇと、軽い運動は当然出来るし、当然100m走ぐらいなら大丈夫なの。で、一度本気で走ってもらった事があるのだけれど・・・・まぁ、他の男子と比べると、群を抜いていたわ」
マジですか。
「そういえば、紫音君と藤黄君ってほぼ同タイムだっけ。どんな身体の鍛え方をしているのか、科学者としての葵ちゃんは、とても興味を持ったんじゃない?」
そういえば、葵ってかの天才小室 紫苑の助手だったよね。それほどマニアックではないと思うけども、興味が出たら一から十以上、全部いりたいと言う好奇心は生まれそう。
「消えましたね」
そっか、消えて・・・・え?
「知ろうと思っても一筋縄どころか三筋も四筋も行かなかったので、早々に諦めました。私、言われるほど天才じゃないし」
「つまり、結局、何も分からないと」
「そういう事。分かったのは、紫音君がバカの付くほど正直者で、藤黄君が妙に捉え所が無いようで意外にも分かりやすい性格だという事。それ以外だと食べ物の好みとか。紫音君は激甘好きだけど何でも食べる、要するに良い子で、藤黄君は味覚や嗅覚が鋭くて刺激の強いものと、あと血をドロドロにさせる物は食べちゃいけないって医者に言われているのよね。そういえばその医者って紫音君のお父さんらしいよ。それと、2人揃ってアレルギーは特になし。埃やダニに対してもアレルギーは無いみたいよ。あ、商店街の精肉店で売っている手の平トンカツは放課後秘密で通うほど2人の大好物らしいわね・・・・あぁ、紫音君って『萩徒』だから、色々と苦労しているみたい。と、それぐらい所かな」
それぐらい、とか言いつつ結構調べているよね、それ。
楽しそうに指を折りながら2人の事を語る葵。何だかとても活き活きしていて、見ているこっちが楽しくなる。恢さんも横で、静かに笑みをたたえていた。
「はい~。微笑ましいのは結構ですが~、そろそろ課題に取り組んでくれると嬉しいですね~。デッサンは今日中ですよ~?」
と、恢さんの後ろからひょっこりと現れた影に、ビクリ、と肩を震わせる。かわいらしいミミ先生の声。妙に迫力のある声が、目だけを向けていた左側に顔を向けさせる。
「恢君~? 今日は違うお勉強ですよ~? 今回はどちらともデッサンなので~、色々教えてあげてくださいね~? 良いですか~?」
「わ、分かった。分かったから叩かないでよ」
うわ、先生相手にタメ口だ。ミミ先生は左腕で大量の画用紙と色鉛筆を抱えたままで、恢さんの丸まった背中をポコポコ叩く。それほど痛くは無さそうだから虐待とかではないのだけれど、恢さんって教師相手にタメ口をきくタイプの人間だろうか?
どれだけ口の悪い先生だろうと、どれだけ背の低い先生だろうと、どれだけ自己中心的な先生だろうと、営業スマイルで切り抜けちゃいそうだけどな。
「藍菜ちゃん」
葵が私の肩をつついた。
「一応言っておくけど、この二人って」
「あぁ、もう。叩かないでって言っているだろ、姉さん。俺にも尊厳と言うものがあるのを知っているだろう? まだ俺の事を10歳とかの子供だとでも思っているのかい?」
え。
「そんな事は思っていませんよ~? ただ初対面だからこそ~、一人称を確定させた方が良いと思うのですが~、直した方が良いと前から言っているでしょう~?」
ええ?
「しょうがないだろ? 初対面がカフェだったし。イメージが定着したら直しが利かないのは知っているけど、今度話す予定だったのさ。まったく・・・・」
細蔵 恢。
細蔵 美実。
―― 姉弟、でしたか。
座ってやっと目線が揃う2人。わ、これって。
「デッコボコだよね」
楽しそうに、葵が呟いた。口ゲンカを始めた2人は、葵のヒソヒソ話が聞こえないみたい。特に気にした様子も無く、ただ言い合いを続けている。
周りはそれを日常茶飯事と納得しているらしく、葵の席側に置かれていた積み木のような物をデッサンしている。それが課題だろうか。
私を含めた数人は、何の説明も無かったから混乱している。つまり、いつの間にか課題が用意されていてその課題を把握する事も含めて授業、という事だろうか。
ハードルが高い気がするなぁ。
「・・・・まぁ、とにかく。楽しいお話も良いケド、楽しい授業も超が付くほど大事だし。また後で、藍菜ちゃん♪」
そう言って、恢さんは教室の奥へミミ先生に引っぱられて行った。ミミ先生のために、恢さんがバランスを崩しそうになっている小芝居をしているのかと思ったら、葵が一言。
「ミミ先生、意外にも力持ちなのよね。怒らせないように気を付けてね。藍菜ちゃんなら大丈夫だと思うけれども、まぁ、一応」
端から端までギャップだらけの人。第一印象の「かわいらしい子供先生」からはかけ離れた印象に戸惑いながら、私は真っ白な画用紙に、10cmほどの長さになった2Bno鉛筆で、適当に並べた積み木を描いていく。
隣をチラリと見て、密かに絶望感を覚えたのは・・・・秘密事項である。
◇ ◆ ◇
驚いた。
何に驚いたって、手のひらサイズの紙飛行機が私の目の前に降りて来たからだ。
急な事でとても、驚いた。ミミ先生はちょうど私に背を向けている。特に何の変哲も無い紙飛行機を誰が飛ばしたのかと左を向いてみるけれど、それらしき人物はいなかった。
前にも、いない。となると、あとは後ろしかない。
だから、後ろを向いてみた。
そして、明るい笑顔を浮かべて、ただ静かに、軽い調子で手を振ってきた。恢さんの笑顔が一際輝く。まるで、小さな子供が宝物を見つけた時みたいな、そんな笑み。あまりにも無邪気な笑みに、私はつい笑みを返してしまう。
それから、紙飛行機を再び見てみた。そして一部に何か文字らしきものを見つけて、それが手紙なのだと気付く。今の所ミミ先生には気付かれていないみたいだし、なるべく音を立てないように開く。相変わらず教室は声が飛び交っていたけれど、音は出ていない方が良いよね。
『今日の放課後、カフェ《クレープ》で待っているよ』