掃除が終わって
また、葵に迷惑をかけてしまった。
ゴミ拾いの日『当日』の朝に、その、吐いてしまったのだ。何も食べていないはずなのに。
そんな最悪な気分で『二回目』が始まった。
◇ ◆ ◇
狂っている、そう思った。再び。
何故なのか? 分からない。目の前で起こる惨劇は、どうやっても変わらない。
ビルの横を通らなくても、それは起こった。
ある時は看板が。ある時は細い鉄骨が何本も。
・・・・。何回繰り返したか、分からなくなるぐらいに。でも、日記を書いているから、どうしても何回目なのかが分かってしまう。
今は『6回目』だ。日記が絶対的に正しいのなら。
歪んだ笑みをしっかりと見つめる。あの、赤いリボンを付けた少女を。三つ編みにされた二房の髪が揺れていて、その髪の色は遠すぎて分からない。逆光の所為もあるだろうし、また別の何かが作用している可能性が否定できない。
繰り返す、という奇跡が起こっているのだから、もう、超能力だとか魔法だとかがあっても、驚かないと思う。
そしてあの高いビルの上に現れるあの子が、何者だろうと関係無い。そう思い始めた『8回目』で、唐突にそれは訪れた。
どういう訳か、1回目の道を通っても何も起きなかったのである。
◇ ◆ ◇
柔らかな枕を抱えて、久々に訪れた夜の清閑なひと時を過ごす。ゴミ拾いが約1時間。それらを含めて、丸1日ほど眠っていない。
原理は不明だけど、記憶は例外として本当の意味で『全部戻る』みたいで、よかった。そうじゃないと、繰り返しても意味が無いのだから。
「ね、藍菜ちゃん」
コロコロとベッドの上で何度か寝返りを打つ。柔らかい枕が、うつ伏せになる度にもふもふとその柔らかさを発揮し、私の心を癒す。
「ね、藍菜ちゃんってば」
ただ癒すからといって必ずしも眠くなるわけではないという事は分かった。夜だし眠くなっても良いはずの22時。未だに眠気の「ね」の字も出てこないのだ。
「ねぇ、藍菜ちゃんってばぁ!」
「ふぇ?! あ、な、何、葵」
気が付くと、葵が上のベッドからぶら下がっていた。長い髪が垂れて、月の光しかない事もあって、一瞬彼女がお化けに見えてしまったのは内緒のこと。
「もー、やっと気付いた。何回呼びかけてもベッドの上でコロコロコロコロ・・・・ずっと気付いてくれないかと思っちゃったじゃない」
「ご、ごめん」
ぶら下がったまま、葵は頬を膨らませた。ずっと呼びかけていた、と言っていたけれど、そろそろ頭に血が上って限界なのではないだろうか?
「で、何?」
「明日こそ、紫音君とお話しよう!」
あ、その事かぁ。
それ実は、何処と無くどうでも良くなってきている事なのだけれど。
「ふふっ。明日が楽しみね・・・・♪」
何か良からぬことを企んでいるような顔。い、一体何をするつもりですか、葵サン? 怖い事じゃないことを願っておこう・・・・。
ところで、そろそろ本当に戻らなくて平気なのかなぁ、葵。私は数秒でダウンするぐらい、垂直な姿勢。何か心配になってきちゃう。これ、元の姿勢に戻った時凄くクラクラするし、いい加減元に戻ってくれないとこっちが困る。
この状況、心臓の弱い藤黄君じゃなくても、心臓に悪い気がするよ。
「ねぇ、明日何をする気なの?」
「何って、私が話しかけて、その話に藍菜ちゃんが割り込んで、私が紫音君をからかったところで藍菜ちゃんが素早くフォロー! どう?」
私、フォローとか得意じゃないよ?!
「大丈夫よ、そんな不安そうな顔しないで。ふっふっふ・・・・。ちゃんとシナリオは存在するわ。藍菜ちゃんなら自然とフォローするような台本が!」
そんなもの、存在するのだろうか。
「まぁ、明日のお楽しみだよ。寝ようか」
そう言うと、勢い良く鉄棒をした時のように跳ね上がり、ぼすっ、とマットの上にダイブした音が聞こえてくる。そして。
それと同時に、彼女の小さな寝息が聞こえ始めた。