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スイートスイーツ

 店内は、これでもかと言うぐらいに綺麗だった。飲食店だから当たり前だろう、と言いたくなる台詞ではあるけれども、本当に綺麗なのだ。

 ピカピカで泥もチリも無い、黄色と緑のタイルがチェス風に敷き詰められた床。黄色にオレンジ色の花が描かれた壁。白くて薄いレースのカーテンと、その向こうにある手垢も水垢も無いガラスの窓。そして明るいブラウンのライトから発せられる温かな黄色い光が、心を落ち着かせる。

「はいどうぞ」

「あ、ありがとう」

 フカフカした緑色のソファに座った私の前に置かれたのは、縦に4等分された苺が飾られているショートケーキ。いかにもフワフワしていそうな生クリームからは、何とも言えないバニラの香り。

「ゆっくりして行ってね」

 ニコニコ笑顔の藤黄君は、いつもどおりだった。あれは営業スマイルとかではなく、地の笑顔だ。わざとではない、自然な輝きを放っている。

 パティスリー・ジョーヌ。夕暮れ時はお客さんが減るらしい。藤黄君が先程外に出ていたのは、ちょうどお客さんが減って来た所だったからだそうだ。

 聞けば、最もお客さんが多い時間帯に藤黄君が帰ってくるので、毎日のように忙しく、時には学校を休んでまで手伝っているのだそうだ。将来此処を継ぐから、学校の単位はあまり気にしていないらしい。

 ・・・・じゃあ、何で進学したのだろうか。

「何でってそりゃ、みんなとなるべく一緒にいたいからだよ? あれ、言わなかったっけ」

「っ?!」

「あはは。驚いた? 僕、それなりに人の心を読むのが上手だよ?」

 そう笑いながら、ショートケーキの隣に紅茶を置いてくれる。小さな声で「サービス♪」と言って、右の目でウィンクをして、さりげなく私の向かいに腰を下ろす。

 他にお客さんがいないからだろうか、藤黄君はテーブルの上に作った腕枕の上にアゴを置いて、私にはぶつからない程度に足を広げている。そして、期待を込めた眼差しで、私を見つめる。その行動に込められたのは、えっと、ケーキの感想を聞かせて欲しい、だろうか。

 とりあえずそういう事だと解釈した私は、銀色に輝くフォークで、1/8にカットされたケーキの、一番尖っている方を無造作に切り分ける。大きな一欠片に4つ飾られた苺の内、1つを乗せて、口へと運んだ。バニラの甘い香りと、苺の甘酸っぱい香りが混ざる。

「・・・・っ、美味しい・・・・っ♪」

「そぉ? 良かったぁ。それ、弟の雄黄ユウオウが作ったショートケーキでね。今の藍菜ちゃんを見たら、少しは自信を持ってくれると思うのだけれど・・・・」

 藤黄君には弟さんがいるのかぁ。もしかして、その子も藤黄君みたいにちょっと目立つ容姿なのかな?

「いや? 雄黄は僕と違って結構普通の見た目だよ」

 ・・・・。

「え、う、そんな怖い目で見ないでよ。あぁあ、ほら、ケーキ美味しいでしょ。ほらその、悩みなんて吹き飛ばすくらい。ね」

 藤黄君はそう言って、また飄々とした感じで笑みを浮かべる。焦ると言葉が所々詰まるらしい藤黄君は、私にケーキをおごってくれた理由らしい事を述べている。

 悩んでいる。確かにそうかもしれない。考え事をしながら不規則に道を選んで歩いていたのは確か。それが悩んでいたからだと、断言できる。例えば紫音と私の関係についてだとか、葵と私の関係についてだとかなのだけれど。

「ありゃ、悩んでいないのかい? 僕の勘も外れる事があるみたいだね~」

 いや、バッチリキッカリ当たっていますから。

「まぁ、悩む事があったら話してよ。解決は出来なくても、話せば少しは楽になると思うし」

 とりあえず、今回の事だけはあなたの手を煩わせません。悩みの種の片方は、藤黄君に関係する事だ。それをわざわざ本人に相談するなんて事、出来るはずが無いのだ。

「でもさ、この店の前を通る時、藍菜ちゃん、少し不思議な顔をしていたよ。やっぱり悩み事あると思う。ね、どんな悩み? もしかして恋のお悩みかい?」

 女子のトークによくある話題。身体を起こして、藤黄君はキラキラと眼を輝かせた。どうやら、私の抱える悩みが『恋愛関係』であると、勝手に確定させているようだ。

 これって、自分の第六感に絶対的な自信が無いと出来ない思考だよね。

 ・・・・。

 あれ、何だろう、少しイラッと来たよ?

 それだけ自信のある勘が導き出す、私の答え。

  A1. 「そ、そんな事無いよ?」と焦りつつ下手に平静を装う。

  A2. 「まぁね~・・・・」と諦め半分に溜め息をつく。

  A3. 何も言わずに目を逸らす。

 私の性格からして、言われたことが図星なら、こんなところだろうか。

 じゃあ、これ以外の答えでも出してみようかな。

「ね、そういう藤黄君には、好きな女の子とかいないの?」

「え・・・・」

 あ、硬直した。

 ふふふ、この台詞に対する回答は用意していなかったみたい。

「・・・・」

 さて、どんな解答を・・・・。

「・・・・・・・・」

 あ、あれ?

「・・・・・・・・・・・・」

 えぇっと、これは、もしや。

「・・・・・・・・・・・・・・・・っ」

 あー。

「・・・・もしかして、いるの?」

 限り無く小さな声で、訊ねてみる。

「・・・・うぅ」

 藤黄君は笑顔ではなくなっていて、うつむいて、その顔を真っ赤に染めている。

 そして、静かに、そして僅かに、頭を頷かせた。

「・・・・わぁ」

「な、何さ、そんなに意外かい? 僕だって健全・・・・か、は、分からないけど、男子高校生ですよ? 初恋とか片想いとか、普通にするよ?!」

 お客さんがいないから響くのだろう、藤黄君は声のトーンに似合わない音の大きさで叫んだ。

 そして瞳を潤ませる。追い詰めているような気がして、何処と無い罪悪感にさいなまれる。何か、立場が完全に逆になっているような。

「ね、誰が好きなの?」

「君に言っても分からないよ」

 拗ねてしまったからか、いつもの明るいイメージとは逆に、とてもクールで、暗い雰囲気が漂い始める。わ、藤黄君の意外な一面を見ちゃった。藤黄君って、追い詰められると冷たいキャラになるのかぁ。何か、いつもと違いすぎて面白いかも。

「今、僕の事面白いと思ったよね。言っておくけど、誰にも言わないでよ? 気付いたの、君だけだし」

「ん、分かった。美味しいね、このケーキ」

「・・・・」

 多分、今藤黄君の心の中は嬉しさで一杯、かな? 藤黄君って弟さんの事が大好きみたいだし、弟さんが褒められると、まるで自分の事のように喜ぶみたいだし。

 さてと、これで機嫌を直してくれると良いなぁ。

 ちなみに、その日は門限ギリギリで寮に着きました。


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