その8
彼女は花瓶の口の奥をみていた。薄暗い牢屋の中では、水がどれほど綺麗なのかはわからない。濁りはない、とおもう。花瓶を揺らせば、綺麗な水の音で、なにかがまじっているようではない。彼女は花瓶をちゃぷちゃぷ揺らしながらいった。
「つかえるかな?」
部屋を調べ、わかったことがいくつか。いくつかというのは、彼女が数を数えていないのと、気づいたがすぐに忘れたためだ。忘れたということは、どうでもいいことだったのかもしれない、と彼女は判断した。
椅子と机とベッドと花瓶。薄汚い部屋のなか、その四つだけが綺麗だったのだ。本棚は埃まみれ。持ち上げたときに両手に埃がつき、どことなく、触れた箇所にはうっすらと手形が。触れた箇所と触れなかった箇所の質がちがったのだ。冷たい壁に仕掛けがないかと、彼女は映画のシーンを想い出しコツコツと叩きながら調べたが、くしゃみを繰り返しただけだった。
トイレは、おそらく部屋の奥にある細長い溝だろう。近づき、耳を集中させると水の流れる音がほんの微かにきこえる。
地下のため、窓はない。日の明りで時間を確認することはできない。あってもこの世界の時間がどういった基準かわからないのだが。
「うーん」
彼女は口角をあげ、目尻をさげた。視線の先には部屋の奥。日本人である彼女は洋式トイレになれているのと、トイレという個室で用を足していたために、部屋の中にトイレがあります! というのに少し抵抗を感じていた。彼女は自分がすぐに慣れるというのも予想しているが・・・・・・。
塔の中を歩いていたときには、いくつもの部屋があったが人の気配はなく、塔の牢屋には自分しか閉じ込められてないと予想をしている。螺旋階段にたどり着くまでに、先を歩く男は十字路のとき、立ち止まり、道を引き返したもした。もしや男は久しぶりに塔の中にはいったのではないか? と彼女はみてとれた。そのため誰かが来なければ大丈夫だがと思うが。
(音、外に聞こえてたらやだなあ)
足音で塔の中に入れば気づくのだが、運悪くというのがある。そもそも、足音が響いて聞こえてくるのだ。そういったときの音が扉から聞こえてくるのではないか、と想像して彼女は顔を曇らせた。世界ではドアのないトイレや、野外で用をたしている国もある。しかし、いきなりこれはハードルが高いと彼女はおもった。牢屋だからこんなトイレなのかもしれない、彼女は思案気に苦笑する。