その7
目を閉じれば、カフェで読んでいた本を思い出した。両手で持っていたが・・・。彼女は首をふると、ためいきをつき落胆した。尻餅ついたときに落としたのかもしれない。
「読みかけだったんだけどなー。どうせなら本もあれば暇つぶしになったのに」
そもそも暗いなか、文字を読めるかどうかはおいて、彼女としては物があるということで一人ではないという安心がほしかったのだ。ものを擬人化しているわけではなく、彼女にとっては自分の持ち物があれば少しは気を紛らわせるかもしれないという考えだ。
海外の翻訳されたロマンス小説。吸血鬼のヒーローと人間のヒロインの間の恋物語だ。時に狂っていく仲間を手にかけていくヒーローを心配するヒロイン心情描写を彼女は気に入っていた。口角をあげ、彼女はさきほどと打って変わると、口笛を吹きながら部屋を見回した。
ここからでもしっかりとわかるのは、自分が座っている椅子。机。花が一輪活けられた花瓶。本棚。ベッド。
彼女は目指す本棚の前までやってきて、調べる。なにか使えそうなものがないか探るためだが、残念ながら棚の中には本が一冊もなかった。
「本棚なんだから本いれといてほしいんだけどなー」
彼女は呟くと、本棚と壁の隙間に目をこらす。幅は彼女の指が一本分入る程度。隙間の影で、本棚と壁を調べることはできなかった。彼女は目線を下げ、試しに本棚を持ち上げようと両手を本棚に回す。埃のつもった棚に彼女は近づき、鼻がむずむずするのをこらえた。
(今、くしゃみしたら埃が舞う! 顔に埃がつく!)
「っ」
両腕を本棚で抱えることはできても、持ち上げることはできなかった。
(腕立てしよう)
彼女は本棚は今度調べることにし、花瓶を調べることにした。花が一輪。彼女は片手で、花の周りの空気を扇ぎ、匂いをかいでみる。
「あ」
彼女は納得したように、頷いた。
(入ったときの甘い匂いはやっぱ花か)
花瓶を持つと、ちゃぷちゃぷと水の音がした。花弁にそっと触れると、水水しい。花は活けられたばかりだとわかった。
「うーん、牢屋の掃除はされている、た? て、あれ」
彼女は安堵しながら首をかしげた。本棚の棚には埃がつもっていた。しかし、机と椅子には埃はない。目線は本棚から机と椅子へと移っていた。彼女視線をいったりきたりを繰り返し、少し考え込むが、結局鋭い推理というものはできなかった。
(牢屋掃除の人の手抜きかもしれない)
花瓶を揺らしながら、ちゃぷちゃぷと水は音を牢屋に響かせていた。