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その3

彼女は近所にあるカフェによく通っていた。メニューのパンケーキが好きだからだ。熱々のフライパンと一緒にやってくる。ふわふわで、口にいれたとたんジュワリととける。パンケーキにはトッピングがあり、甘いものをトッピングしても美味しい。しょっぱいものをトッピングしても美味しい。パンケーキのトッピングを制覇しようと彼女は思っていた。


カフェはある絵本をモデルにしていた。そのため、絵本を読んだことがある人には、その絵本の世界に迷い込んだような錯覚をさせていた。彼女は読んだことがないが。


店内にはオルゴールが流れていて、彼女はいつものカウンター席に座り、メニューが届くまでいつも本を読んでいた。


――はい、できたよ


親しくなりかけている店員の声がした。コト、と熱々のフライパンを載せる木の板がテーブルに置かれた。


パンケーキ! パンケーキができたんだ! 


彼女は笑って本から顔を上げた。しかし


「え」


彼女の好きなパンケーキどこにもなかった。


「○○○○」

「○○○○○」

「○○」

「○○○」

「○○○○○○○」


オルゴールの音は止まり、かわりに彼女の知らない言葉が流れていく。とたん尻にどすり、と鈍い痛みがはいった。


「うわ!」


とたんに、彼女の視界は下がり、尻をさすりながら後ろを振り返った。誰かが椅子をひいたのだろうか? 彼女は椅子引きが小学生のころにやっていたことを思い出した。店には子どもがよくくるのだ。だからついやってしまったのかもしれない。危ないと注意をしようとしていた彼女の苦笑の表情が失せた。


椅子が消えていたのだ。そしてボックス席が、自分以外の客が、小物が、淡い色のカーテンが、小物が、彼女の知っているカフェにあるものが一切なかった。彼女の知らない言語は続いている。


授業での眠気覚ましできいた、黒ミサのようだった。黒いマントを着用するものが、彼女を囲っている。顔は見えない。フードで顔を覆い隠しているのだ。彼女は後ろをみるのをやめ、左右を見回してきづいた。学生服を着た女の子が、隣で立っている。


うわごとのように何かを呟いていたが、近くにいる彼女の耳には異国の言語が邪魔をして届かなかった。


「あの」


彼女は立ち上がり、少女の肩をそっと叩く。中学生だろうか。


「きゃ!?」

「あ、すみません」


驚いた少女は肩をびくりと震わせ、彼女をみた。彼女はいきなりのことではあるが、安堵の息をついて、少女をみる。少女の瞳は揺れていた。


(あー、とりあえず。なにをいえばいいんだろ?)


彼女は少女が自分と同じように、この状況が理解できていない、と判断する。彼女は年上として少女を安心させようと口角を上げ、とりあえず笑うことにした。ちょっとした見栄だ。少女にも笑ってもらおうと。


「私のほっぺを、優しく、優しく、つねってもらえますか?」


視線をずらすと黒マントたちの異国の会話はまだ終わりそうにない。


「あ、は、はい」


少女のあっけにとられたような声をきくと、すぐに彼女の頬にひんやりとした指先があたった。少女の指先は震え、彼女の頬を軽くかいた。


(緊張してるのかな)


彼女はピアノの発表会前日の友人の指を思い出した。緊張して指先が冷たくなる、とよく困っていた。少女の指先は彼女の頬肉の位置を定め、ゆっくりとつまみ


「っ」

(優しくっていったのに)


少女は指の原でではなく、爪で彼女の頬をつねった。


「す、すみません!」


彼女の頬からひんやりした指が離れ、少女の顔が近づいた。息を吸う音がきこえる。彼女の頬に跡がないかをみているのだ。


「い、痛かったですよね」


少女の息が彼女の頬にかかる。その熱さに、彼女は自分も緊張して冷たいのだとわかった。


「うん、ちょっとね。 けど、おかげで夢ではないかもってわかったよ」


彼女を見つめていた、不安そうな少女の顔がゆるむ。少し、ほっとしたようだった。彼女は異国の言語を話す彼らに、警戒しながら顔をむけた。


「ねえ、この人たちなにいってるかわかる?」

「っ!」


つられて後ろを振り返った、少女の顔がこわばる。そして、彼女と彼らを交互に見比べ、じっと少女の顔をみていたけれど、やがて頷いた。


「召喚が、召喚が、成功、したっていっています」

(なにそれ?)


彼女はしばらくの間、考え込んでいた。緊迫した空気も、不安そうな顔も、指先の震えも、これから起こるかもしれない未知に恐怖を感じているというのに。彼女は彼らからは自分たちと同じような思考は一切ないようにかんじられた。彼らをみる。彼らもひそひそと話しながら彼女と少女をみている。


わかることは隣にいる少女が彼らの言葉を理解しているだけ。彼女には彼らの言葉が全くもってわからなかった。


自分と少女を彼らのもとに呼び寄せるのが目的?

それともこの召喚は手段?


彼女は自分の指で自分の頬をつかむ。ぬるい指が頬に触れ、あたたかくなっていき、目を閉じた。眠くはないがこのまま眠りたかった。

せめて彼らと意思疎通ができたらいのに。


そう思い、目を開くと。不意に誰かに腕をつかまれる。誰に? 隣にいるのが一人だから当たり前だから、自問する必要はない。


「どうしたの?」


微笑み視線を合わすと、少女の瞳がまた揺れる。少女の瞳には彼らが、ゆらりとうつっていた。彼女は彼らをみるも彼らは瀧をみていない。彼らの視線の先は真っ直ぐだ。少女に向かって話しかけている。少女は彼女の腕を掴んだままこういった。


「召喚が、召喚が」


少女の声が震えていく。


「うん、ゆっくりでいいよ」

「成功したから、嬉しそうで、けどしっぱ、いで」


少女の視線の先は彼らが定められ、瞳はゆれうるんでいく。


「けど、私たちにとって、拉致で、誘拐っで」


彼女には彼らの言葉がわからないけど少女は言葉をわかっている。そのちがいなのだろうか。時折、少女は彼らの会話にびくりと肩を震わせ、彼女を掴んでいる力には強弱がはいる。真っ赤に充血した目をふせ


「けどけどっ 生贄ってなに? なんですかっ?」


ぎゅっと少女は目をつむると、「ひっ」と息をのんだ。


「だいじょうぶ?」

「は、はい」


少女は視線を落とし、まつげを震わせた。彼女は少女が落ち着くように背中をさする。少女は頷いたが、頷くのに時間をようした。


「どんなことを話してるの?」

「・・・っ」


彼女は少女の表情からあまりいいことを話していないのを察しているが、ききたかった。内心、未知だから気になっているのかと、辛そうな少女の口から言わせている自分に笑った。少女は嗚咽まじりにいい、視線を彼女に戻した。少女の瞳が涙でにじんでいる。


「そっか」

(きくんじゃなかったな)


彼女は笑うと少女から目線をそらした。恐怖に近い不安が彼女の喉を震わせていく。少女に、自分の声が震えていることに気づかれていないだろうか、彼女は心配になった。

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