その21
「ふわー、いいき……」
彼女は自分が何を言おうとしているのかと、は、と気づき口を閉じる。
(大人しくしているから、安全と判断された?)
浴室には窓はなく、武器になるものもない。おけがあるが……
「クリーンヒットできるかな?」
ゲームの判定用語が浮かんだ。青年の頭をおけで殴り、気絶させることができるだろうか。映画や漫画では軽く殴る、手刀をすればすぐに気絶するが、現実はそう上手くいくのか? 彼女の目的としては、青年を意識喪失させ、直後の記憶がはっきりしないようになればいい、と考えている。しかし、悪くなれば数ヶ月の間、頭痛が続くのだ。そもそも、一気に気絶まで持っていくのは難しい。悶絶され、やり返されたらこわい。それに……。彼女は自分の足を触ってみる。
(ぷにょぷにょだな)
軽く殴り、気絶は失敗。脳震盪が起こったとしても数分で回復するのではないかと不安。自分はその間に逃げ切られるだろうか。主に脚力体力の面で。彼女はさっき、階段を歩いたとき、廊下を歩いた時に息を切らしていた。
「……」
彼女は自分にため息をつくしかなかった。彼女は考えを変えることにした。
(入浴させたってことは……)
青年の善意か? 彼女が自分では気づけないうちにとても臭うからか。後者だったら彼女は笑うしかない。辛くて恥ずかしくて。
「あ」
人間は皮膚から垢をだす。古い皮膚が新しい皮膚になるために垢となりでていくのだ。人間は長く体を洗わないと、垢が多くなり、体を動かしたさいひび割れる。もっと増えれば皮膚呼吸に影響をきたしてしまう……と思い出し、彼女は頭を抱えた。
「日数うううううううう! って、うわああ」
彼女は馬鹿な考えだと自覚しているのに、垢の状況から自分がどれくらいの時間、牢屋にいるのか知れるかも! と安易で馬鹿な発想をしてしまっていた。そもそも、そんな長時間不衛生な状態に自分は耐えられるか?
(おばかああああああ!)
人間が一日に出す垢の量は約十グラ……。
「よそう!」
彼女は両手で頭を抱えながら、力強く首をふった。湯船につかることができるまで、どれほど自分と自分の衣類に蓄積した汚れと戦ったのか。彼女は気を紛らわすように歌いだした。温泉のうたを。しかし、それでも彼女の頭の中を紛らわすことができなかった。
(大人しくする、の現状維持)
情報を集め、機会をうかがうのを待つ。長期戦だ。感情に走り失敗すればどうなるかわからない。
(……狂いませんように)
今は従順な振りをし、油断を誘う。




