さん
腹に力をいれ、精一杯可愛い裏声をつくる。
『高原晏樹だよ☆」
口は開いていない。そう…俺の数少ない特技、それは前の馬鹿のような体を動かすことではない……腹話術なのだ!
教室がざわりとどよめく。森山は腹を抱えて笑っていた。
「その人形どこからとりだしたんですかぁ」
鈴川小夏がたずねてきたので、俺はさっきと同じ調子で続けた。
『とりだしたんじゃないよ☆ ぼくは晏樹おにいさんと一体同心だからね☆』
森山がの○太くんなら、俺はドラ○もんだ…つまり、俺には四次元ポケットがある。あれちょっとなに言ってるか自分でも分からないぜ。
『晏樹お兄さんは女の子みたいな名前をしてるけど、触れないであげてネ☆ 晏樹お兄さんの好きな食べ物は、クサヤで』
コミカルな動きをさせて、宙を泳がせる。クサヤと言ったところで俺はもう片手でパペットマペット晏樹くん♡ を小突いた。
「おい! 勝手なこというなよ! 俺の好きな食べ物はクサヤじゃなくて、カレーライスだ!」
『ご、ごめんね! お兄さん☆』
それから残りわずかな時間を使ってパペットマペット晏樹くん♡ とのやりとりで自己を紹介してみせた。
『これで、紹介をおわりまーす♡ またねっ』
晏樹くん♡ をしまって満足げに教室を見渡した時俺は過ちに気づいた。
クラスメイト一同がとても可哀そうなものを見るような目をしているということを。
パペットマペット晏樹くんをしまい、静かに席に着く。
大丈夫だ。大丈夫。俺はまともだ。可哀想な奴なんかじゃない。だからきっと、自己紹介が終わっても俺の方を見てる奴がいるのは気のせいだと思う。多分担任を見ているんだろう。
むしろ、素敵な特技じゃないか。これはホームルームが終わったら人が集まること間違いなしだぞ。うん。
そう自分に言い聞かせた俺だったが、その後自己紹介した人達の顔をまともに見ることが出来ず、ずっと下を向いていた。
隣で「晏樹って言うんだぁ。可愛い名前っ」なんて小声で聞こえた気もするが、振り向く気力もない。
無難に自己紹介を終えた仁川、森山。
俺は一体なんだったのだろう。仲間外れにされた気分だ。
さらに沈んでいたにもかかわらず、最後の二人によって、俺は顔を上げることとなった。
「えーっと、吉田いつみって言いますっ!北川中学校出身です!中学では演劇部に入っていました!明るいってことしか取り柄はないですけど、皆さんと仲良く出来たらなって思ってます!よろしくお願いしますっ☆」
とまぁ、ここまではよかったんだ。普通ならここで終わるだろう。
前方から聞こえてきた声に俺は、元気な奴だな…程度にしか思わなかった。
衝撃を受けたのはここからだ。
「あとー、もっと私のことを知ってもらう為に言っておくと、大好きな人はりょうちゃんで、一番の思い出はりょうちゃんと一緒に過ごした日々っ?(←これハート。文字化けするかもしれない)将来の夢はりょうちゃんのお嫁さんになることですっ??(←これハry)」
きゃはっ☆なんて言いながら席に戻っていった吉田いつみ。気が付けば顔を上げていた。ついでに口も開いていた。
"あとー"から先が分かりやすい程に声量が上がっていた。
なんで一日に二回も驚かねばならんのだ。
顔を上げた先に見えたのはまだ幼さが残る顔に、ふたつに結った髪。ふたつに結っていることで、幼さが一層目立っている感じがする。
さすがの俺も、あいつとは関わりたくないなと思わせる自己紹介だった。
りょうちゃんって誰だよ!!今ここで言うことなのか!?まさかこのクラスにはいなかったよな。
と、教室を見渡した。
う、うん。いないいない。
ある程度名前が頭に入っていた俺はしっかりと確認し、いないことに安堵した。
―――そう思っていたのだが。
まだ最後に一人残っていたことを忘れていた。
新入生代表、"若菜りょう"だ。