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教室に着いたのはチャイムが鳴る時とほぼ同時だった。
駆け込む形で教室に乗り込んだ俺達は、登校初日から変に目立つはめになった。
森山は俺の倍以上の息が上がっている。こいつは万年体育1だ。
若干動揺していたが、平然を装いながら自分の席に座る。
出席番号順で並んでいるらしい席のおかげで、森山とは離れてしまった。…あと、鈴川さんも。
俺は悲しいことに一番前の席になってしまった。おまけに、教卓の真ん前。
はぁ、とひとつ溜め息を吐いていたら、隣から声をかけられた。
「溜め息なんか吐いてたら幸せ逃げちゃうよ~?」
は?と言いそうになるのを抑えて振り向くと、満面の笑みでこちらをじーっと見てくる女子がいた。肩くらいまである少し茶色がかった髪。顔はまあ、それなりに整っている方だと思う。
なんともお節介そうな奴だ。
「入学式から遅刻しそうになるなんて忙しい人だねっ。……小夏もだけど」
最後の方は聞き取れなかったが本当にその通りだ。俺はこういう目立ち方をしたかった訳ではない。
「まあ、万年体育1の奴がいるせいでちょっとな。」
「へぇ、それは大変だったね。ところで名前は?私は仁川奏乃。よろしく!」
ちっとも大変そうだと思ってなさそうな表情じゃないか。まあどうでもいいが。
「…高原。」
「高原?下の名前は?」
聞くな。名を。どうせ後で自己紹介するんだろう。
そう聞いてきた仁川の言葉を無視した俺は窓がある方に首を傾けた。
「ちょっとー、高原くんー?」
後ろで何か言っているが聞こえないフリ聞こえないフリ。
そうしていたら、教室のドアが開いた。その音に教室中の人達がそちらに目を向ける。おそらく担任だろう。
「やあ、おはよう。新入生諸君。俺は一応ここのクラスを受け持つことになった。よろしく。自己紹介は入学式の後だ。とりあえず汐田と言っておく。因みに本名じゃないからな。何か用がある時はそう呼べ。いいな。」
第一声で衝撃を受けた。きっとこの1年B組にいる生徒全員が驚いたことだろう。
いつの間にか口が開いていることに気が付いた。
…一応ってなんだよ!?本名じゃないってなんだよ!?お前は芸能人かなんかかよ!?偽名で呼ぶってありなのかよ!?
ツッコミどころ満載だ。高校入って初めての担任が汐田(仮)で不安しか残らない。…果たして大丈夫なのだろうか。
さて、今日はここからが本番だ。
入学式は本当に呆気なく…というか、ただ聴いているだけだったからかもしれないが、あっという間に終わってしまった。母親が手を振ってきたが無視したし(何故か森山が代わりに振りかえしていた。仲いいなオイ)、校長の話は行事も勉強も頑張りましょう、両立が大事ですうんたらかんたら、てなかんじで俺はちょっと耳が痛かった。周りの奴らはこんな話真面目に聴いてんのか?と見回したら、隣の奴(出席番号が俺の一つ前)が良い姿勢で眠り込んでいて、俺はどうやらやっていけそうだと思う。それにしても、かなり器用だな…
まあそんな感じでーーーああ、あと書いておくとすれば、新入生代表の挨拶をしたのが、かなりの美人だったということか。なにせどよめきが上がったくらいだ。腰まである艶やかな長髪にきつくつり上がった瞳。足が細くて長かった。それなのに出るところはでていて、男が見惚れる条件を全て備えていたわけだが、俺はちょっと、ときめきはしなかったかな。そりゃ、男としてお近づきになれればそれに越したことはないが、なんたって性格がきつそうだ。俺の苦手なタイプ。だって綺麗なだけじゃなくて、新入生代表ってことは成績もトップだってことなんだぜ。怖いじゃないか…
そして、これからが本番だ。
そう。入学式が終わって、教室に入ってきてまず行うこと。
自己紹介だ。
自己紹介というものを侮ってはいけない。これは一個人…まだまだ青臭いガキである俺の意見だが、割り当てられたたったの二分が肝心な一年を左右するのだ。
第一印象というものは一度こびりついたら、擦ってもなかなか剥がれ落ちてはくれない。
つまり、俺に対するクラスメイトの印象が決まってしまう恐ろしい二分間なのである。
特別容姿が整っているわけでもない俺にとっては、内容というものはそれなりに気をつかうもので
……薄っぺらい、平凡的な。俺の前の出席番号のやつが言っているようなありふれたものでは駄目なのだ。
「瀬島徹です。出身中学は小松菜第一中。趣味は、体を動かすこと。得意分野はやっぱり体育だな。音楽を聴くのも好きで、橙空が今俺の中でブームになっている。一年間、よろしく」
名前、出身中学、趣味、特技……
こういうのもなんだが、やっぱり印象には残りにくい自己紹介だ。橙空なんて音楽グループは半年後には業界から姿を消していそうだ。
なんて勝手にツッコミをいれてるが、瀬島徹の次は俺なので、席から立ち上がり例にならって教卓の前に出る。