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パペットはクサヤがお好き♡  作者: 麻夜芽
入学式とパペット
1/3

いち

これまでの人生において、全く後悔がないと言う人間は存在するだろうか?

答えは否、だ。

恐らく誰であれ、ある時間に戻ってやり直したい、もしくはもう二度と同じ過ちを繰り返したくない、というような思いを抱いていることだろうと思う。たとえその時その時を、一生懸命に生きていたとしても、だ。

だけど時間は巻き戻せない。今のところ。光より速い物質は発見されたらしいから、近いうちに未来には行けるようにはなるのかもしれないけど。

それを不便だとは思わない。

クサいことを言ってしまうけど、過去に戻れるようになってしまえば、「かけがえのない時間」というものは存在しなくなり、俺たちは何かを一生懸命に、頑張るということが出来なく成るだろう。

一生懸命に生きるっていうことは、それだけで価値があることだと俺は思う。

どんな恥も後悔も、何かの足しにはなっていると、そう信じていた。

だからきっと、小さい頃女装してた事とか初恋は小学校の先生で告白するまえに振られたこととか小学校ではそこそこ勉強が出来たから調子に乗って中学では全く勉強しなくて落ちこぼれた事とか破れた初恋のショックを引きずって地味な、灰色というのがふさわしい根暗な中学生活を送った事とかそんなたくさんの出来事も、無駄ではないんだろう。

けど。

だからこそ言わせてもらえれば、そんな理屈は単なるおためごかしであり、色んなものを諦めるための言い訳だ。

過去の出来事をやり直す事は出来ないんだから、無駄じゃなかったと思わなくっちゃやってけないだろ、という。

俺は今まで、何かを一生懸命にやった事なんて、なかった。

後悔ばかりだ。

やれなかった事、やりたかった事、やってしまった事。

そうやって悔やんでばかりいるのは、もうやめにしたいんだ。

そして俺は高校生になった。

苦手な勉強も頑張って頑張って、この私立桜林高校に入学する。

その名の通り、高校への坂道は桜が満開で、感受性の豊かではない俺ですら見事だと思うくらいだった。

ハラハラ、ハラハラと花びらが落ちて、白くなった道を上っていくのだ。

校門の前で、ひとつ深呼吸をした。

俺と同じ真新しい制服の新入生達がぞくぞくと白っぽい校舎へと吸い込まれていく。

それを横目に、俺は決意を新たにした。

俺は変わる!

どんな事にも、全力で取り組めるようになる。

一生に一度の高校生活を、悔いの残らないものにしたいんだ。

「あんじゅーっ!」

振り返ると、頭に桜の花びらを大量に付けた男が息を切らせて立っていた。

「…お前、頭桜まみれだぞ」

同じ、桜林高校の真新しい制服。眼鏡をかけていて、目線は俺よりも少し低かった。

「ひどいじゃないか…一緒に行こうって言ってたのに、さっさと置いて行っちゃうなんて」

こいつの名前は森山佐助。

小さい頃からの付き合いで、誰よりもよく知っている。地味だし運動もできないが、勉強だけは出来て受験勉強もかなりお世話になった。眼鏡を外すと割と爽やかな顔をしているのだが、ひどい近視の為眼鏡を外す事は殆どないので、まあ意味がない。

「こんな坂でへばる方が悪いんだよ」

「…晏樹はなんかさあ、優しさが足りないよね、優しさが…」

頭に付いた花びらを払いながら、森山はなにやらつぶやいていた。

こいつ、こういうところが暗いんだよなぁ…

「晏樹、そろそろ行かないと間に合わないよ」

晏樹晏樹、うるさい。

あだ名ではない。高原晏樹、俺の名前だ。正真正銘の男。

なのだが、俺は自分の名前があまり好きではない。それこそ、女みたいだからだ。名字で呼べと言っても、直すのはその時だけで、森山は昔から俺の事を名前で呼ぶ。


 この名前を母は「生まれたとき、女の子みたいだったから」といって名づけたらしいが、その理由も好きではない。そもそも生まれたときなんて、皆しわくちゃの猿みたいな顔をしているというのに。

「ほらみろ、森山が遅いから」

 まわりを見渡してみれば、既に真新しい制服に身をつつんだ新入生の姿はなかった。森山は俺の言い訳が気に食わないらしく、頬を膨らませてみせながらパンフレットをとりだした。

「体育館じゃないよね、集まるところ。教室?」

 クラスは入学式の前に既に知らされている。運が悪いのかなんなのか、俺は森山と同じクラスだった。

 教室の場所はちゃんと覚えている。この様子だとクラスでの到着は俺と森山が一番最後になってしまいそうだった。入学式当日から目立ってしまうのは嫌だと思いながら昇降口に入ろうとして、なにか鋭い風が髪を撫でた。

 後ろを振り返って、思わず横によける。あっという間に呑気になにかを言っている森山の背中に物凄い速さでなにかが突っ込んだ。

 突然のことに、勢いで森山が僅かに飛んでぶっ倒れる。森山に声をかけるのも忘れていた俺はただその光景を呆然と見つめていた。

 校門から、なにか黒い靄のようなものが見えるかと思ったら、それは驚くような速さでこちらに近づいてきて森山と衝突したのだ。

「も、森山…大丈夫か」

 地べたに倒れた森山の真新しい制服は、残念なことに汚れてしまっているだろう。昇降口に足を踏み入れて森山を助け起こそうと見ると、黒い靄の正体がわかった。

 女の子だ。小さな女の子が森山の背中の上でぐるぐると目をまわしていた。女の子ははっとしたように眼を見開くと森山の上から飛び退け、その場に座り込みぺこぺこと森山に頭をさげている。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」

 低い位置で二つに結ったふわふわの黒髪がもふもふと女の子の頬を撫でている…制服は真新しい。俺たちと同じ新入生だということはすぐに分かった。

 頭を下げ続ける女の子を不憫におもい、俺は伸びた森山の腕を掴んでおこした。女の子はようやく俺の存在に気がついて、俺にも頭をさげた。

「ごめんなさい、私、遅刻しちゃいそうで急いでいたものでえええ」

「ほらこいつの本体は眼鏡なんだよ。割れてないだろ? だから大丈夫」

 森山はふらふらと足元がおぼつかないが意識はハッキリとしているらしく、弱々しい笑みを少女にむけた。女の子はほっとしたように顔をあげる。

「それより、そんなところに座っていたら制服が汚れるぞ」

 ほら、と手を差し出すと女の子はおずおずとその小さな手をのせてくる。

……手ぇ、ちっさ! 柔らか!

 とは思わずにはいられなかったが、森山もいるので平常心を保ち女の子を引き上げるようにして立たせた。女の子がグラついて倒れこんでくる。

「ご、ごめんなさい!」

「いや、大丈夫だから」

 女の子は顔を真赤にして慌てて離れたが、男ならもう少しこのままでいいのに! と思うのは仕方ないことだろう。俺は悪くないのだ。だから森山がにやにやとこちらを見ているのを殴っても罰せられることはないだろう。

 女の子は座り込んでいた時にできた制服の汚れを手で叩いてはらうと、俺たちにもう一度頭をさげた。

「本当にごめんなさい。いつもはしないのに、こんな時に限って寝坊して、式に遅れそうなものだったから……私、鈴川小夏といいます」

「森山佐助だにゃん」

「高原」

 森山がにこにこと、少女鈴川の自己紹介にのったので俺も名乗る。鈴川は不思議そうに首を傾げ俺をその黒い瞳にとらえた。

「高原…くん?」

「そそ、コイツ、晏樹っていうの」

 森山が余計なことを言う。鈴川はなにが嬉しかったのかパン、と手を叩いて目をきらきらと輝かせた。

「可愛い名前ですね」

 そうですね。俺もそう思う。この名前の主が俺じゃなかったらね。

「ねえねえ、ところで鈴川さんは何組なの?」

 ナンパか、森山。

 呆れつつ、靴を履きかえると慌てたようにして二人もそれに続いた。時間がもうかなり迫っている。このままでは本当に遅刻してしまうところだった。

 背後で鈴川の浮かれたような、そんな声が聞こえた。

「B組です」

「わ、僕らと一緒だね!」

 ……鈴川小夏は俺らとクラスメイトだそうだ。

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