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神谷サンちの猫―Kamiyasanchi・no・Neco―  作者: 風魔 和之
第Ⅰ匹 猫の目
8/50

#7

通勤ラッシュが薄れた駅構内。山の方角にあるパン屋さんを目指して歩くと、見えてくる。それは大きな町並みに抜きん出た白い対象物(オブジェクト)


風格を漂わせ、今の俺には壁だと思う


乗り越えられないけど、前にある。

踏み込むと、自動ドアがなんなく開かれた。


「神谷さーん」


忙しない診察室の出入口。看護婦が現れた。慌てて、立ち上がる―待合のフロアでは上の空の人たちが溢れている。神谷は薄い返事をし、優しい顔して待つ年増の女性についていった


椅子に腰かける。

余命宣告を告げられたこの場所には「あの頃」と同じ匂いが漂う。今でもしっかり染み付いている。座った感触…凍る・毎秒毎時の記憶がーフラッシュバックして襲いかかるー。


セカンドオピニオンを受けても 変わらなかった


未来。


若い主治医は机上の書類にペンを走らせながら、喋りかけてくる、たわいのないこと

「どうですか?お薬、キツくないですか?」

言うが否や―、


「いつごろから‥在宅ケアを受けれるんですか?」

主治医の手は止まる


ペンを置き、振り向いた。

窺うような瞳で。


膝つき合わし「そうですね」と、視線を下げた。

「在宅ケアというのは、したくても実際には難しいんじゃないかって考える人は結構いらっしゃるんですよ。ですが、今後、進行具合では在宅ケアというのは十分可能です」

銀縁メガネで知的をかたどった顔に、パーマなのか入り乱れた艶やかな黒髪。

視線が、あくまでも優しく、微笑みかけた。「ですけど…」


主治医は団子鼻(だんごっぱな)の先端をさわり始める。


申し訳なさそうに口を開いた「実は…うちの病院は在宅ケアをやってないんです。神谷さんはご実家でお考えなんですよね」


「…はい。」

ただ頷いている自分。

「ご実家は?どちらですか」

神谷は即答した―。

「…そうですか」主治医はその指先を小さな顎に当てた


「わかりました。探しておきましょう。ただ、進行具合に応じて、がん自体の治療と痛みなどの症状を和らげる…対症療法いわゆる『緩和ケア』を組み合わせていくので、まずは放射線治療などにより、がん自体の治療を行いましょう。治療を終えて緩和ケアが主体になった時期に、在宅ケアを受けられるよう‥一緒にがんばりましょうね。」


「先生…。家で死にたいんです」

神谷は無力にうつむいた。

床に落ちそうな手を支える膝が、固まった


「神谷さん‥。在宅ケア自体、行っている診療機関は結構少ないんです。なので早めに在宅ケアが受けられる病院を‥一緒に探しましょ」

朗らかな顔と人見知りの目は別々の方向に向かう。

「神谷さん―なにかありましたら、いつでもお越しくださいね」



最初の診察を終えると、流れ作業で点滴が始まった。

窓は心地よさそうな日射を照り返す。今日の天気は晴れのち曇り‥らしい


……。


(冷えきった空間。居間へと続く廊下)


自宅に還ってきた神谷。座り込んだ絨毯で一息つく…。テレビもつけず、やっと辿り着いたはずの安らぎに背を向けた。浴室へ向かう


全裸になる。


しびれるような素足からたまらず駆け込みー・シャワーに手が延びる。扉は閉まりお湯がでるのを待ち続けた…そして、足へと放つー


(……。)


じわり・じわり・・見も心も解凍されていく。神谷の体は優しい温水に包まれた。


充満する湯気‥朧な空間


バスチェアに座れば


占領してくる湿度で苦しくなり堪らず大きな息を口からした


…ァ‥はァ


「―」


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