#5
確か昨日は‥粉のような雪がちらちら光を放ってた。
昼間、天気は時雨れて、耳をすまし、誰もいない路上観察。いったん飽きてしまう。包み込むカーテンから這い出る仄暗い和室で、眺めるのは喧嘩の声、その正体、まだ吹き荒れてる。外は冷たそうで・ここは暖かい空間のはずなのに。尻尾をたゆませ、すこし気にかけている
リビングのテーブル席に小さな腰を落とすお母さんの膝掛け、縁飾りは、ほどけてしまっている
寂しげな手をペロっと舐めて、正体はなんとくわかっていた。お父さんと、またしつこくいって衝突したんだ。お母さんのクセ、いつも屋根の下、ふたりはお互いに寄り添ってるから、ぶつかるんだ。
均していっても
結果でなく気持ち、
二人はびりびりに破けて、つかの間を離れて過ごした
遠くの異国に向かえば、別の情緒がある。寒さとともにフローリングで歩む旅猫を迎え入れる、そんな二階の不毛地帯。暖かい空虚、あの扉の隙間から感じられた
『みゃー』
…。
また痩せたような気がする。机に面と向かう主人の横顔。近寄るボクに気付き、なんなく拾い上げ、なすがまま、頭撫でられたりして、気づいたら水の濡れ惑う窓辺から離れ、ベットのある隅へ腰を落とそうとしていた。振動がふんわり、身体を伝う。
ボクに話しかけてくる。そうきたか。主人は頭が可笑しくなったらしい。ボクらには壁があって、通じないなんて知ってるはずだ。見上げれば、自分だけの世界に拉致されて、どこかうんざりした空しさを感じる。瞳に映りこむこと暫し、こみあげる嘲りも暫し、いずれの感情も沈んでいく、変わって込み上げてくるのは悲壮感。身の上話を独り言のように、ぽろぽろ、溢していた。
決心したのは一週間前らしい。思い悩んだ昨日の終りのこと、まだ忘れない唇の震え。別れを伝えたらしいんだ。
急にどうして?…だけど、ちょっと、嬉しかった自分がいる
主人は何か紙などを手にして、ベッドの海へ潜り込んでゆく。ボクは仰向けとなった主人に乗り込むことができず、降ろされてしまった。色褪せた唇だけが、気泡を放つようにふつふつと動き出す〈いつまで生きていけるかな〉
……?
〈消費期限はとうに過ぎてるけど〉
何度もなんども呟く横顔、おでこに掛かる白髪まじりの力ない散らばり。俺はヨメイハントシなんだ‥思わず白い粒をこぼした口許、経験豊かな目の小皺が浮かんだ
頭のなかは砂時計。ちりちり、こぼれ落ちる
ヨメイハントシ…?
なんだろう、聞きのがすところだった〈―つまりな〉
〈もうすぐ死ぬんだ〉
そう言い残すと、変な間ができた。うんとも聴こえてこない。猫は椅子に飛び上がり、望めば、話終えた主人の手、紙を握りしめ、まぶたを閉じている何気ないシーンが広がる。
頭がいたい。眉間にとりつくものが視線を刺々しくさせる…?気持ち悪い。お腹から逆流する思い、悩み、決壊はもうすぐそこにあった。沈黙を破りつつ、喉元、ひたひたと迫り来る
本当の事情伝えようと
ボクはあることに心動かされた
決意、寒さ吹き飛ばす進路をとって自分にはやるべきことがあった、ここからじゃ叶えられない。今は見れない空だって、ボクをみたら、たぶん、愚かだと引き止めるかもしれない―だけど、もう遅い。走り出していた。
あの女は、事情を知ってるだろうか
不幸にも扉は隙間なく閉じられていた、眼の前に並んだ大木の根元、幹の覆いつくす影は地の光を、一瞬で拐った
【あっけなく猫は担がれ、いるべき運命へとブチコマレた】
「……」
やけに静かな部屋。いつものことだけど、銀色に取り囲まれた狭い空間で息をひそめた。なに喰わぬ顔で、中から前足を伸ばし外側の突起物に届かせる。何度か、ちょっかい、かけてみれば、ロック部分であるフックがあっさりと降参して…扉開かれる。。
廊下を這う冷たさ。主人のいる部屋を横目に、そのなかは深い眠りで包まれているかのようだった。隙間からみえる光景では微動だにしない後頭部だけが映っている
一階にいた、ふたりが見あたらない。和室でくつろぐ誰か、漏れ聞こえるテレビの音。お母さんの愛用している白いパソコンが棚にきちんと片付けられている。やっぱり、どこにも居なかった。




