#1
第4匹 猫に九生あり
漏れでる息は白い。手作業するウッドデッキのお父さん、そのちょっとした素顔を割りと冷たいリビングから見上げていた。
淀みなく透き通る不思議な詩。心に降り積もる―。退屈しのぎの二階から望む道並み。途方に迷ってる淡雪。一階では各地の吹き荒れる映像が流れているままだ。白昼、穏やかな斜陽が同居する光と影。日はだんだん落ち、呆気なく暮れ惑う。奇妙な融合をとげた空の色彩がまるで最期の光を受け放つ
夜の帳に仕切られた家。
誰もいない和室の壁、その向こうから聴こえくるのはなぜか懐かしいメロディ、透き通る
“・・石焼~き芋~*おイモだよ”
潜り込んだカーテン、軽トラの聞き慣れた風物詩も何時しか片隅まで追いやられてる。時代の風、哀愁ただよう唄
今宵はまったくもって静かだった。やがて和室だけが煌々と照りつけ、影となる廊下。かいまみえる団欒と話し声。ひんやり冷たいフローリング。リビングで仄の歩みは止まり、ウッドデッキに出られるガラス戸、立ち尽くす。今日も踞っていた。
鼓膜がピンと、張る
聴こえた、そんな気がする。じっとガラス越しを見つめた。けど、変わらない風景。和室の明かりのせいだろうか。微かなものさえ、ウッドデッキは今、確認できる状態なのに。しばらく並べた前足。顔を埋めると、期待した気持ち沈んでいくみたいで冷めた床が余計、身に染みる
―
仄の背骨は前に伸びる。目と鼻が敏感に感知する。来た。
遮蔽板に映る物陰
何か咥えている。ようやく全身を露にした。“よう”しっぽの動きで読みとく小さな挨拶、ガラスを通して映り込む無声音。ボクは目の前で佇む障害いじって、顔を縁に密着させながら横へ少しずつ―溢れる外気が侵入し、刺激するカラダ。調査結果を報告しに来た先輩の顔つき、滑らかに映るしっぽが遊んで見える。くわえたもの、静かに口から離す。
それでもコトンっと反響したー
“…”
ようやく再会できたことが無我夢中にさせ、透明の壁の開かれようとするまで、つのる思い、はち切れそうだった。吐息程度で震える細やかな糸、だけど今は向かい合う猫を強く結ばせる。隙間風とともに、待ちわびたチュンさんの息吹きが流れ着く。遂に二匹の面会を赦してくれた、ガラス張りの門番。願いが叶った。
何故か申し訳なさそうに近寄る口許
疼くこころと、目の前の茶色い猫。報告される尾行した過程を少しくらい聞き逃してしまえば、取り戻した意識が、残り全てに神経傾けていた
探偵猫・チュンさんの調査報告はざっくりと次の通りである。
被調査人について―
【氏名】かみや・りゅうのすけ
調査事項について―
被調査人の行動調査である。交際相手と目される写真の女との接触状況を確認、又、両名が接触した場合には別れた後、女性を追跡して現住所等を明らかにする
女の調査結果について―
【氏名】不詳
【年齢】不詳(肌をみるとまだ若いと思われる)
【身長】軽自動車よりちょっと低いかも。
【体系】細身。
【髪型】肩にかかる程度の当たり障りのないブラウンカラー
【服装】ベージュ色コート、黒系の膝丈スカートに踵の高い靴
【所持品】赤色のカバン
【現住所】不明。
【勤務先】株式会社セイロ
―セイロ?!あまりの近さに、眼は弧を描いた。
この家の最寄駅からすぐ近く。確か、道路をはさんで駅と真向いにある小料理屋の…
二軒隣で見たことがある。あの微妙に高い建物。
突っ込みどころ満載ではあるが、尻すぼみに結びの言葉をつぶやく先輩。矢継ぎ早の報告を済ませたら、ひとまず辺りを警戒し小刻みに呼吸してる。残された時間と戦い、狭間で浮き上がる心、ボクらはなんども沈ませている
…ていうか、よく調べましたね。
人間界に精通する先輩にとって、こういう業は、わりとハマってるのかもしれない
暇だったからしょーがないやろ。感謝しろ。…それよりロン、
(女は―昼下がりにいつもセイロ前の公園を行き交いしている。時間帯は決まって広場の時計の短針と長針が重なってから、長針が5にギリギリ近づく頃。そこを狙え。‥おそらく昼飯にいって、大体、長針が6と7に挟まれ始めたら、再び広場に現れ、縦断するんだ、独りでいるときが多いけど偶に複数人と肩を並べて歩いている)
するとここで、真夜中の道すがら、女の落としたものを拾得したといって、半ば差し出すように前足で滑らす
「これ。受けとれ」
革に覆われた部分はチョッカイかけると単純に開かれた…〈あ!こいつー〉よく主人を独占する角ばった野郎だ。驚きを隠せれないまま、外の物陰にいったん置いてもらうよう、お願いした。頷く先輩の顔が妙に淀んだ。
ボクの足元で、横たわるものに気づいたらしい。開封済みではあるが、拾得物の隠蔽後、帰り際の先輩に約束を果たす。口移しの、高級ペットフード。
報酬を加え、去りゆく後ろ姿は風になびかない。まるで王者のような出で立ち。気にしないようにしてるけど気が散る。視線がさりげなくチュンさんを横切っていった
標的はあまりにも至近距離だった。長旅になるのを予見していただけ、その分ため息がこぼれた。できれば遠くに潜んでいて、この気になる思いをむしろ絶望で殺して欲しかった
完全に別れたあと、脳裏ではこべりついた雑誌の女が滲む。見た気がする。それさえ思い出せずに何か引っかかって、歯がゆい。和室の洩れた光にふと視線は移る。また元に戻せば、いつまでも少し影のある美人の被写体を繰り返し思い巡らせていた
この開かれた硝子戸から、いつ何時も外へ出られるのに、この今だって、そうはしない。チュンさんとともに今の生き方から抜け出せるはず。それでもボクはこの場を離れずにいた。
一生涯かもしんない。ちいさな疑問をこれからもずっと持ち続けるのかもしれない。だけど、心にぽっかり空いた風穴へと振り返り、ボクは歩いていった




