#13
人工的な光に投射されるたび、困惑した表情を魅せる夜更。しとしと濡れる受け身な緑。すらり伸びた細長い道。揺れつつもやんわり主張する誘惑たち
ため息ついた
―都会。雨降りしきる。
路面を滑走する一匹の猫。闇に紛れながら、目的をただ信じて、ひたすら進む迷路。
“………”
漆黒が開ける。眠る町、波なき海のように猫の侵入を受けいれた。真珠色の点と点が重なり、幾つもできる水溜まりのアスファルト、こぼれ落ちそうな写真―口をぐっと堪え、走る。ただ走りつづける
くわえなおし、静寂奏でる音、町はいよいよ誰もいなくなり、途端、やぶさかに坂を登り詰めてゆく猫の後ろ姿。小高い住宅街に出た―廃れた道のり、くねくね曲折すれば導かれた先、ぼんやり顕れる古びた公園。雨打たれ、避けることも許されず、人目につかないよう居ついているベンチ、象られた動物の乗り物。それらあまねく一望する中央のコンクリート遊具が
駆け出すボクに不敵な静けさを送り続ける。
あの猫 捜してた。
ヒカル電灯。雨に身を任せながら、じっと見つめる先。特徴的な建築物は、もはや芸術化して根を深く張っている。闇に通ずる避難所がいくつもあり、その向こう。すこし気になる、ほの暗い猫の体に、侵食し、広がりは止まらない。寄り添いあう毛先からぽたぽたと滴る。目付きはより険しくなり、写真噛み締める
覗いてみれば沈んだ闇が遠くまで続き、混沌と広がる洞窟の中。不安と焦燥感で満たされていた。目をぎょろつかせ、浅瀬に右足浸かせるような一歩…二歩…。沖の方で幽かな息の根を感じる。それは瞬きせず、ずっとこちらを見据えている。影から浮かび上がる褪せた茶色い身体。雑魚寝している二個の瞳。
どうやら、彼処がねぐらみたいだ
入り口付近のボクと視線が重なり、腹這いになった。とたん、後ろ足で首筋を勢いよく掻いたあと、ほどなくしてこっち見やる
以前より痩せた面影に引き寄せられる意識、恐る恐る歩を進める。寝床を訪れたボクにゆっくり起き上がり、尻尾みせ、「こいよ」と囁く。闇に二匹は重々しく進んだ。降りしきる水音が反響する孤独な世界。のろのろとした歩調で、コンクリート遊具の中を案内された。分岐する場所があり、左右それぞれ外へ通ずる孔を眺め、路はまるで隧道みたい。雨の雫石、濡れる地面が飛び散る。ぽっかり切り開かれた光景。乾いた足元、写真を吐き捨て、いったん一息ついた
容姿もまるで変わってしまったけど、内に秘めたる闘志と附随する野望、痩せた肉体から、にじみ出ている。黒ずんだ沈黙で解きはなたれるチュンさんの瞳が、まるで、放浪時代、ボクを助けてくれたあの猫のようで、幻影は重なる。
はびこる言葉。
―うまく聞き取れず、思わず声が出る仄。足元の写真にチュンさんの視線が一瞬下がるのを感じた
【元気か?】―‥チュンさんは目を細める。頭下げるボクに先輩の雰囲気、変わらないけど
絶対的な存在を失った僕ら。昔みたいな余裕ある会話が懐かしい。張り積めて瞳はいつも何かを拒絶する影が潜む。あのころの姿、二匹のおもい出は雫石となって今も周囲で降り注いでる。近況など柔らかい枕詞にしてようやく真意を切り出した仄。チュンさんも待ち受けていたかのように尻尾を落ち着かせる。仄は事情を説明した
〈なるほど。。〉
遮る音響にチュンさんの視線が寄り道する
〈‥ところで…なんで破けてんの…さきっちょ?〉指し示す方向に写真の上の部分。あ。確かに、破けてる
嗚呼…最初、高いところにあってんけど勢いよくジャンプして取ったら、こうなってん―仄は墜ちた写真をみて、答えた。
〈んで、その人間の女、探してほしいん?〉
〈―はい。〉無我夢中だった。それを写真が吸収して、刻みこまれた歯形。みるも無惨だ。シワだらけ、歪んだ世界で咲笑う女。込み上げる違和感。ひっそりした中から横に流れる視線、丸く縁取られた、降り注ぐ雨に、、打たれる夜の有り様。。
〈お前の主人との関係か‥そっか。〉沈黙の間もぴちゃぴちゃと合いの手が入る。難色を示すチュンさん。振り返り、棄てられた雑誌の方へ向かえば、その上にどんと腰をおろし、座りこむ。孤独な距離が生まれた。狭い空間でもこのスペースは長く険しい道のり、そう思えた。耐えきれず何か話そうとするたび幼さがでる。チュンさんはこの沈黙を楽しんでるようにみえた。陰湿な自分の気持ちと闘い始める。ボクはあることを思い付いた
〈チュンさん、〉
マグロ喰ったことある?




