#12
7日目。雨。
透明色の絵の具。ベタ塗りされた窓。朝目覚めると、銀色の束縛が待ち構えていて、時計の一番細い針は無感情に旋回する。跳ね返る屋根の音。扉の隙間から向かい側の部屋が見えた。そこから主人がふらりとボクの目の前に現れ、ぶつぶつ何やら話しかけてくる―かちゃりと解錠された。階段下のお父さんの声に反応した主人。いつも用心深いのに今日は違った。
部屋に一匹残されたのはそれから間もなくのことだった。
甘い誘惑。。
向かいの部屋を訪問する猫。消灯されたデスクのスタンドライト、無人と化す薄暗い書斎、ボクを始め、うずくまる座布団やら見下ろすロッカーなど、まるで遺跡のように取り残されていた。耳をすませば、下界では客の訪れをしめす玄関の賑わい。姿、生業は想像の世界だが、張りのない男の声‥まさか老人だろうか。
起きてからはあっという間に時間も潰えた。背筋を張る猫の目の前にただ存在する巨城“机”がある。その門番たる手下に接近し、面と向かってアクビした。四本―引き締まった脚を床に拡げて、円盤は心臓部のように常時支えられている。主人は日々そこに座り、背中を丸めている。
これこそ、人が開発した“椅子”という建物だ。彼らはこういった類いに腰かけるのが好きらしい。いつも見かけるから、特徴は覚えている。仄の前足は四本の脚が支える頭上の円盤をつかみ、直立不動でしばらく耐えた。…いったん離し、普段通りの体勢に巻き戻る。腹に精一杯力を入れて、柔らかい地面蹴りとばす感覚で。
爪先は離れた―
。。
《ヒシッ》と円盤の縁をつかみ、爪を食い込ませる前足。喉元に迫るケアレスミス。つかみなおした崖っぷち、自然と力みがにじみ出る―離さない。右の前足をありったけ伸ばして、宙ぶらりんなる左の後ろ足は円盤へ浮上していく。ばたつかせても、しっぽをやたら引き下ろしてくるじわじわした力。付け根あたりに迫るけど、得体の知れない魔物から、なんとか脱出できた。
元の体勢を取り戻し円盤から深い床、少し見下ろすと着陸失敗の危機は免れたことが一目瞭然だった。けれど、課題は残る。目先は机を登ってからだ。さっきの要領で木製の地上に這い上がる。
天空に蔓延る白い蔦の中腹、あの一枚の写真が好奇心を支配する
盗み見ている。たぶん、ボクはそんな眼をして机の上に居座っている
のびゆく蔦に、仄は前足ではたいて、動向を伺っていた。何もしてこない。がたがた震えるだけ。机と壁面が生み出す崖から天井に向かい、上空から視野を広げる蔦。手強い相手を前に、じっくり考えるしかない。
―!!
仄は嫌な予感がして机から落下した。
絨毯の陸地にうずくまり、顔をそっぽ向ける。部屋の出入口の向こうを薄目で一瞥した
“……”
階段の響き―こちらに‥上がってくる。
お父さんだ。
余所行き顔でどんより曇る廊下をひた歩き、横切ってゆく。…仄は眠りを装った。見つかったら収容される虚無感。土壇場から運よく振り出しに戻れそうな期待感。零ではない可能性に、闇の中、なんども願い、頭で考えた。
用向きを終えたのかお父さんの空気感はまるで薄まる。特有の物音が微かに揺れる。あの音が遠く離れたら、また行動を開始しよう―
再び白い蔦とあいまみえた。机の片隅、本棚付近、書類が鬱蒼としていた。茂みを突き出る辞書たちの山積み。仄は試しに足場として使ってみた。
景色が生まれ変わる。身長が延びたような錯覚、目的物と格段に距離が縮まった気分。けれど。それでも蔦のてっぺんで待ち構えるように見下ろしてくる。到底、自然体では前足さえ届かない。
登頂してみて、よくわかったことがある。みれば、絡まっていると思われたソレが実は小さな銀色の器具で一ヶ所固定されているだけの安易な防備だったことに気づく。
ボクは腰をどっしり構え、遂に奮いたったー。




