#1
第3匹 猫に小判
野良時代の仲間に、いつもの場所があった。
“ロン!”
〈どこ行ってたん?〉チュンさんの言葉を皮切りに、にじみ出る甘酸っぱい思い。これを懐かしさというのか。背を向ける二匹のうち、ウーピンの目は真ん丸。その口から時間の壁を感じさせない普段通りの会話してくれた。おかげで歪な輪の中へなんなく入り込むことができた。じっと視線送ってくるパチケンも無言で毛繕いを始める。人間が限りなく少ないハカバではいつもおなじ息吹、繰り返している。
透き通る上空は絵の具で描かれたような雲がひとつふたつ浮かんでるだけ
建築物に窓はない。だから何も映りこんでこない。虚しさだけ艶っぽく滲み出ている。誰が何のために作ったのかわからないけど、人間たちの住む家とは違う。温かみがなく、廃墟と化している
〈ナアナア、どこほっつき歩いてたん?〉チュンさんから転がってきた詞を拾い、急いで返そうとするボクは、前のめりになった
たったひとつの言いたいこと。なかなか喉を通過せず、謂えない 立ちふさがる。突ったつ三匹。前にすると、つまらない枕詞が空気を震わす
風が先にいく。
ボクはここまでの経緯をわざとゆっくり話してみた。名前を変えたこと。それを途端につげてしまう。周囲の息はぴたりと止んだ。吹き返すようにかりそめの言葉で沸いたらウーピンも目なんかほそめている。
曇る顔色も切れ間から穏やかな日差しを魅せ始めた
そうか。やっと、安定した生活できるな―その言葉にボクは何も答えることができなかった。ウーピンの後ろ側。広がりつづける別の世界が気になってしょうがない
目を背けてしまった
〈ロン…、あ・違うか。ま、いっか―〉チュンさんは隣のウーピンを見てから、振り返る
せっかくだし、お祝いしようよ。
視線の先には毛繕いを終えたばかりの黒猫がこくり
“‥‥”
頷いている。
お祝いの会を開くため、食料調達へ向かう道中、いくつもの尻尾が裏山の日陰に行き交う。連なる無法地帯から、ようやく脱け出した
一本道。仄という名前に周囲は慣れず、昔のなまえ呼んでくるのが淡く切なかったりする。辺りに小さな田園風景が広がり、人の気配は薄れている。ボクは先頭から少し離れたところでチュンさんと共に歩いていた。主人に対する思いをいろいろ包み隠して話しながら
時折、人間たちの住処で居候してる巨人たちのコト訊いてみる
〈え―嘘!?それってもしかして、、ぱそこん?〉
人間が発明したという機械“ぱそこん”についてチュンさんの噺は始まった。波打って伝わるひとつひとつの容姿かたどれば、机の上の四角い生物にたどり着く。そうか。あいつは《ぱそこん》というのか。心を持たない機械は神とおぼしき人間に最も近い。
チュンさんは燦燦と瞳を輝かせた―昔、とある遺跡で発掘したって知り合いが言ってたけど‥本当にあるんだ!いまも動いてるんだ!…
汲み取る相手の思いより
電車の音、漣のように、耳へ通り抜ける沿線。裏山がもうあんだけ遠くで僕らを見送っている。瞭らかな自由を求めて飛ぶ錦のトンボが茜色たなびかせ、さ迷う
のどかな あの空
捷い身のこなしで水田を游ぎきるカエルの棲む畦。稲刈を迎えようとする前に鈴の音が其処らじゅうで散らばっている
吹き抜けたのは強い風、薫る翠の風景に愁いがそよぐ。アスファルトの亀裂に顔を出した遠き世の遣い。先頭は駆ける―頭を垂らす稲穂のように追従する最後尾
揺らめきながら、仄暗いネコと虎の紋様の猫は思い思いに走る
河川敷の原っぱにて、だんだん小さくなる前方は深緑のざわつきの中へ消えていった




