#8
階段を下りると、もろに聞こえてくる。踏み出せば
そこには、別の世界が広がってる。
散歩は日課らしい。帰ってきた誰かさんは、黒っぽい涼しそうな服の上下に、白いタオルでこめかみ拭う「お母さん」だった。
腰を屈め、何かしている。独特な嘴を持つ細長い筒。なんか握りしめてた。とてつもない《音》を放ち、我が物顔で辺りは一変する。部屋の隅々―その嘴が縦横無尽に行き渡るたび、耳へ飛び込む騒動。降りて顔出せば、なぜかお母さんに煙たがれ、しかたなくおちつくのを待った
がたん・ごとん―。
三つめの段。壁際でぼぉ〜っと・待ってたら、また違った音が体をくぐり抜ける。なんども耳にダイブする。何やら得体の知れないものが背中を押した。降り立つやいなや、左へ曲がり―白い壁に沿ってただひたすら歩く。誰もいないリビング。台所でもない。
ガタンゴトン―奥にある洗面所。お母さんの背中を見つけた。ふっ・と現れたもの。妙な液体を滴らせ、お母さんは蓋を閉じた。腰の高さぐらいあるボックス。ぶるぶるしてる。
《がたんごとん…》
初めてみたとき、お母さんの服装と相まって黒い魔術師に見えた。あちこち放浪してるボクと正反対の場所でそいつは忙しそうだ
お母さんは台所にやって来た。背丈を越える長方形のノッポに手が行き、大きな口は開かれる。なにやら、いろいろ詰まってるみたいで、光の煌めくなかを物色してる
“ぱたん”―と閉じられ、リビングで腰を休め
テーブルの上、散らばるチラシ。眼鏡越しでにらめっこするお母さんの頬杖。付けっぱなしのテレビみて、ぴくりとも笑わない。ボクは長椅子のてっぺんを目指し、脚を伸ばそうとしてた。一回ずり落ちた、誰も見てないのにもういちど挑戦しようとして、差しのばされた手。
流されるまま、身うごきとれず、ボクは太ももで、ぴくりとも動かなくなった
ガタン・ゴトン…。
温かく、居心地はなんていいんだろう
周りは音で溢れてる
まこと、しやかなに流れる時間。
ちいさな傷や皺でたくさんの細い脚はお母さんの物語だ。チラシをめくるたび、聞こえてくる単調なリズム。たまに撫でられると眠くなる。安らぎに似てる。さっぱりした平和。
天をみた
流れる言葉のない歌




