#1
第2匹 猫は三年の恩を三日で忘れる
非対称に歪む窓ガラスの向こう側―
わりと激しいロック調で雨が降る
のたうつアスファルト。
“―”
‥蝉の野郎はまだ元気にやってるだろうか
たぶん あの日は晴れだったと思う。「ボク」は馴染みある牢獄から堅苦しい空間に連行され、わけもわからないまま、他の奴と一緒、光の下。見慣れない人間たちと面会した。言葉がひたはしるのに惑わされ、耳をすましながら
睨み付けてやった。叫んでやっても、なぜか、コイツラは嬉しそうだった
(そこで、一人の男と出会うことになる)
誰が付けたかわからない仮の名前。呼ばれて、見つけた声の主は神妙な面持ちだった。人間たちはどいつも胡散臭い。こいつも、同じ顔してやがった
「―。」
だまって窓辺から降り立つと、やってきた主人の手。あえなく捕まり、抱えられた。体は開かれた扉の向こうに運ばれていく。ゆっくり着陸すると―白い棚に収まりきらない本が壁際から見下ろしてくる、森のような部屋。右側の小窓に向かう机と椅子がぽつんと‥あって主人は腰を落ち着かせた。背中越しにあるしわくちゃのベッドは部屋の大半を我が物顔で占領している、中途半端に口を開けし扉。外―静寂は雨脚が強くなってきているのを教えてくれる
主人の名は、「りゅうのすけ」
最近、知ったんだ。なつかないボクの頭を軽く撫でてくれた。名前をイロイロつけてみたがしっくりこないみたい。顎下の曲線に生えた黒い粒々をさわるクセが出始めている
【―。】扉が独りでに動き出した
誰か入ってくる。
「おかあさん」そういつも呼ばれているひと
今度は離陸して―
手向けるようにその人の腕へ移され、抱えこまれた。命の温かみを感じた胸の向こう側
「ボク」を普通に受け入れてくれる
初めの頃はもっと抵抗されていたのに
それでも全然なつかない「ボク」に愛想をつかしたのか床へ放してくれた。すまし顔をかましてやった
(…りゅうのすけ、あんた、このコの名前どうすんの?)
(まだ…ない。きまってない)
(まだあ?はよ、きめてあげな~…メスでしょ?タマは?)
(嫌やそんなん)
(―あんた、もうそろそろ、お医者さん、きはんで。そんな格好でええの?)
態度だけ。態度だけで「ボク」というのは、言葉や人間というものを理解できるようになった。部屋の番人は大きく唇を開いた、落ちていく階段のメロディー、おいてけぼりの時間。使い方がよくわからない。片隅から、全体的に高すぎるこの異世界の中心へ移る。ぐるぐる、特に意味はない
しんみりとした雨の流れがシャッター越しの窓につくる模様。絨毯のうえ、あくびが勝手に出てしまう。門番の心に出来たスキマ、やっぱり別世界へ通ずるあの誘惑は気になる
吸い寄せられるよう部屋を抜け出してみた
(…暗い。)
正直、がっかりだ。
自由の風は薫ることのないフローリング。いくつも並んだ扉がわずかに口を開いて聳え立つ―この道のり
(……)
思い返せば、冷たい苦悩は続いていた。
この家といい、あの飼い主に生涯従うなんて、ボクはできない
主人との出会い―突然変異を起こした。目の前で起きた事に何も出来ず、ただ呆然と、受け入れていた。周りの風景は適応して動いていくのに、「ボク」はなすがまま。自分を失っていたことが情けなくて、事はおわり、平然と動き出す今に戻っても。心閉ざし、暫く視界はカラフルを失って、ふさがった
〈あの日〉主人とこの家を訪れた、いつのまにか住み処になった。それは運命なのか、さまよい、立ち止まる、やがて、座り込む。今、この現実のうえ、眠っている
あの日から―。
生きるあかしは繋がれた首輪
ちいさな仄暗い猫。
とぼとぼ宛もなく、前を進んでいた




