#13
和と洋がぎっしり並ぶフードコート
〈そこにひとつだけある大型モニター〉
声もなく流れ続けるシアターの映画情報。人は時折見て、華やかに乱れる話し声と賑やかな食事、関係のない時間の使い方がただひたすら耳へ入り込む。お茶で飲み交わす二人の中年もそのありきたりな光景の一部分と化していた。店舗から離れ、モニター下のテーブル席。ひとりは大人げなく笑い、もう一人が静かに耳を傾けている。身ぶり手振りの恰幅のよい男と向い合わせに座り、紙コップの湯気立つ緑茶をすする小麦色の顔。出会った刹那、かいまみえた眼光は鮎貝からすでに薄れている
子供を嫁に預けた鮎貝は遠慮すんなと笑った
本は出さないのかとチャカしてくるわ、安定した会話を続けてくるわ
渋みだけが広がる
腹のそこから浅はかに笑ってみせた。あまり関心が湧かない。いつまでも、友人の会話と低空飛行を続けた
「保健所?」神谷の上唇に染み渡る熱い境界線。
「そう。今、保健所に勤めてんねん」
たまたま知った保健所の存在。
「保健所って、野良犬とか野良猫を処分するところちゃうん?」
「…まあ、そうやけど‥保護したあと、しゃーなくやってるけど、‥それだけちゃうで」
鮎貝は紙コップを置いた。
髪の毛が少なくなった友人の唇はひたすら動いている。昔から、喋るのが好きなところ変わってねえな…神谷は、ふと、お茶をもう飲み終えていた自分に気づく。
紙コップからその視線を元に戻す「けっこう、色々してんねんなあ」驚いたふりをした。
自分の知らない世界、だだっぴろく目の前にある。ひとつだけ、気がかりなことがあった。同じのような境遇にいる動物が今も生きてるんだ…ということ。
適度な時間で、つかの間の再会はお開きになる
鮎貝と別れ、時代はまた動き出した。帰りしな、輸入品を多く扱う店で提供されたコーヒー。ほろ苦くて甘酸っぱい味がする、得たいの知れない興味という味が口のなかじわじわ広がってゆく
月が顔を出してる。路に過ぎ去る車のライト、照りつけた。街角を案内するはずの電灯―奥地に進むほど、力なく笑っていた。
「ただいま~…」玄関に点る灯り
かけよる母に、はりつめた顔で注意される
ふと後悔が先にきたが、ふりきって、自室へ昇った
「…晩飯出来てるから、龍之介―温かいうちに早くたべや~‥龍之介―」
扉を閉めると、はびこる光の下、シャットダウンされた部屋。外に来ていった服装のまま、ベッドでぐったりする。刺激のない安らぎに包まれ、ごろんと仰向き、天井が背景のスマホ
気がつけば、保健所について調べていた
保護されている犬や猫を譲渡候補として掲載されているホームページ。家族の同意か…条件に目を通す、そしてまた一匹の瞳をくいいるように見ると、浮かび上がる、健気な輝き
見捨てられ続け、最後は社会の事情で生きる証を奪われる
人間という立場にいて、死神を待つ一匹の野暮な男
重なりあわないはずの二個の運命。
どうしても、重なりあってしまう、心のなか共鳴して、ふとその瞳に癒されている自分がいる。動物たちの眼の奥底から漏れ聞こえる最後まで力のこもった悲鳴
聞こえてしまう
言葉があれば、彼らは何を記して、訴えるのだろう。神谷はベッドから剥がれて、立ちあがる、そのまま、部屋を離れた
食事中まで寝かしおいた、言いたかったこと。
ご飯のみこんで口からこぼれる
「母さん、あのさあ‥」
言葉の粒おちた。
「アカン。」
動物を飼いたい―その言葉で翻った勢い。側で飯食ってる父も静かに頷いてる
「なにいうてんの。体力的にも龍之介に動物を育てるなんて無理でしょ。私とお父さんも…もう長くはいきられないんやで。。十数年も生きるんでしょ犬や猫って。最後まで世話できる?できないでしょ」
確かにそのとおりだ
ろくに反応もできず、小皿のきんぴらごぼう食べてる。言い返す気にも、なれなかった。
「………」父は目で語っている。
“俺もそう思うわ”
翌日「―、」
朝のほとぼり冷めたリビングから誰もいなくなった台所に向かい、勝手口、開く。曇り空の下。軒を連ねる合間に浮かぶグレー、ちょっとした拍子で今にも泣きだしそうだ。
猫の鳴き声が聞こえたような‥―気のせいか…期待はずれの横顔下げて戻ろうとした・その時
甘えるような声、すううと通り抜ける。
…
背中を丸め、黒い毛並み、奥の物陰から様子をうかがっている。沈黙をつらぬくその切れ味ある瞳は、どこか、あざとい。度胸あるのか人間にびくともせず、多分、俺を試してるんだ。
自分に利益ある人間かどうかを…短いようで長い距離は保たれたまま、姿が尻尾まで披露される―
神谷は少しばかり近づいき、口笛吹く“あ―”つまらなそうに猫がひいていく
消えた。跡形も残さず、そのとき、心理戦に負けてしまった
あどけない瞳でちょっぴり残酷なことされた
天使なのか悪魔の化身なのかわからない。猫に心の漏れ聞こえた声を読みぬかれた気分だ。それから毎日。あのどら猫が来るのを待った。親に黙って買ったペットフード
「……」
そんな自分の後ろ姿をみて父は何も言わず、二階に上がっていった。
後日、もういちど母との話し合いが持たれた。昼下がり、仲介したのは父だった。
場所は和室。母も大体、察しているようで、濡れ煎餅を食みながら、湯飲みに視線落とす。説得してくれるわけでもなく父は、ずれた老眼鏡、涼しい顔のまま湯飲みに心奪われている
「…なんでよ?なんで飼いたくなったの?」湯呑みを置いて、枕詞なく母の感情、口から出るわ出るわ。殺風景に囲まれた、やるせない瞳
―もぉいいって!
「―」
『いいわもう!!…ウッサイなあっ。。飼わんかったらいいんやろ飼わんかったらッ。』
我慢できず、気持ちが噴き零れた。
荒削りな言葉を残し、その場から立ち去ってゆく―かけ上がる音。
時雨さる和室。瞳を見合わせたお互いが、思わぬ激昂にためらっている、進む秒針の足音。
…部屋の扉〈かちゃり〉簡単に開かれる。子供のようにふてくされて、ベッドのうえ、背をむける男。
訪れたのは母だとわかってた。
人肌と匂い、呼吸に黙って抱き寄せられる
『…!』耳をすませば
やがて大雨にさらされ、嵐となる灰色の後ろがわ。聞こえてくる―閉鎖的な世界がそっと、開けてくる、すすり泣きで、滲んだ背中。
…ごめんなさい。お母さん、不安やねん でも―いちばん、あんたが不安やってこと・・忘れてた
生きなさい。好きなように。
「―。」
子供のとき、
(お母さんより、はよ死んだらあかんで!いっちゃん親不孝もんやからな)
そういえば、そんな事が今になって重くのしかかる。抱きしめる母の強み、もう・・。
覚悟してんねやろな。。




